不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
心理的瑕疵に関するガイドライン(案)
【Q】
私は所有している戸建て住宅の売却を考えています。この戸建て住宅では3年程前に事故死が発生しました。
(1)戸建て住宅の売却に際して、事故死が起きた事実を買主へ説明する必要があるでしょうか。
(2)事故死に関連して、心理的瑕疵に関するガイドラインができるとの話を聞きました。どのような内容なのでしょうか。
【回答】
(1)戸建て住宅で約3年前に事故死が発生した事実がある場合、当該事実は売買契約締結の判断に影響を与えうる重要な事実として、売買契約締結前に、あなたは当該事実を買主へ説明する必要があります。
(2)国土交通省は「不動産取引における心理的瑕疵に関するガイドライン(案)」を公表しました。同ガイドライン案は、宅建業者の宅建業法上の責務についてのガイドライン(案)であり、売主の説明義務や契約不適合責任についてのガイドラインではありません。また、現段階ではガイドライン(案)であり、今後、内容が修正される可能性がありますが、売主の説明義務の観点からも参考になると考えられます。詳細は後記2の通りです。
【解説】
1 心理的瑕疵
居住用不動産では休息や家族の団らん等に相応しい平穏な空間であることが前提として取引されるため、当該不動産で過去に自殺や事故死等が発生したという事情は、嫌悪すべき事情として「心理的瑕疵」と評価され、買主の購入意欲や不動産価値の減損等に影響を与える可能性があります。
そのため、自殺や事故死等が過去に発生した物件を売却するに際しては、当該事実が心理的瑕疵として契約締結の判断に影響を与える重要な事実に該当する場合には、売主及び仲介業者は、買主に対して、当該事実を売買契約締結前に説明する義務があるとされています。
売主及び仲介業者が、心理的瑕疵に該当する当該事実を買主に告知せずに売買契約を締結すると、売主及び仲介業者の説明義務違反となり、更に、売主の契約不適合責任の問題ともなるため、売主及び仲介業者は、死亡者やその遺族のプライバシーや個人情報に配慮した上で、買主へ必要な説明を行うことが重要になります。
もっとも、当該事実における死因・経過年数・近隣への影響等によっては、過去の事実の影響が希薄となり、もはや「心理的瑕疵」とはいえない場合もあるため、売主や仲介業者は、どのような事情の下で何年間説明をする必要があるのか、難しい判断を迫られてきました。
これまで心理的瑕疵に関する裁判では、人の死にまつわる過去の事情について死因や経過年数ごとの明確な基準を設けることはなく、各事案により死因・経過年数・近隣への影響、報道の有無等の諸事情を総合的に判断し、「心理的瑕疵」に該当するのか否かを判断してきました。
2 「心理的瑕疵に関するガイドライン(案)」
このような状況を踏まえ、国土交通省は、宅建業者の宅建業法上の責務の解釈に関し「不動産取引における心理的瑕疵に関するガイドライン(案)」を作成し、令和3年5月からパブリックコメントを募集しました。同ガイドライン(案)は、宅建業者の宅建業法上の責務についてのガイドライン(案)であり、宅建業者の民事上の責任とは別であること、又、売主の説明義務や契約不適合責任に関するガイドラインではないこと、又、パブリックコメントを受けて今後内容が修正される可能性があることに留意する必要はありますが、一定の参考となるため本コラムでご紹介します。
(1)適用範囲
ア、対象とする「心理的瑕疵」
同ガイドライン(案)は、対象とする「心理的瑕疵」を殺人、自殺、事故死等の人の死に関する事項に限定し、周辺環境や過去の使用や用途に由来する事情は対象外としています。
イ、対象とする不動産
対象とする不動産の範囲を、現存する居住用不動産内での事項に限定し、事業用不動産での人の死、隣接住戸や前面道路等で発生した事案は対象外としています。
ウ、対象外の事項
同ガイドライン(案)はガイドラインという一律の基準を設ける都合上、適用範囲を前記の通りに限定しています。しかし、同ガイドライン(案)の対象外の事項であっても、各事案の事情により「心理的瑕疵」に該当し、宅建業者に説明義務が生じうる点について誤解のないよう注意する必要があります。
(2)告知を要する事案
対象不動産内で殺人、自殺、事故死その他原因が明らかでない死亡が発生した場合、原則として告知が必要となります。一方で、老衰や病死による自然死は、当然予想されるものであることから、原則告知の必要はありませんが、自然死後に長期間放置される等に伴い、悪臭等が発生し、特殊清掃等が行われた場合には、その旨の告知が必要となります。
(3)告知すべき内容
賃貸借契約、売買契約ともに、告知内容として、①事案の発生時期、②場所、③死因、を告知する必要があります。また、自然死後に長期間放置され特殊清掃が行われた事案については、その旨の説明も必要となります。
これらの事実については、売主・貸主や管理業者から聴取した内容をそのまま告知する必要があります。また、買主・借主への告知に際しては、当該死亡者及びその親族へのプライバシー・個人情報に配慮し、氏名、年齢、住所、家族構成等については告知する必要はありません。また、告知に際しては後のトラブル防止の観点から、書面等によることが望ましいでしょう。
(4)告知期間
ア 賃貸借契約
当該部屋の借主希望者に対する告知すべき期間は、事件性、周知性、社会への影響によって変化しますが、自殺・殺人等による事案、自然死後に長期間放置され特殊清掃が行われた事案は、ともに少なくとも、3年間は告知が必要となります。この3年間は、こうした事案が発生した部屋の賃貸借契約の締結が1年程度は困難が伴い、又、賃貸借契約に際しても賃料減額をせざるを得ない期間が2年程度続くことを想定したものです。
イ 売買契約
居住用建物の売買契約は、賃貸借契約と比較して、契約関係を解消することが容易ではなく、また、取引金額も多額であり、買主の損害が多大となることから、殺人、自殺、事故死等の場合には経過した期間によらず告知が必要となります。また、自然死後に長期間放置され特殊清掃が行われた事案においても、経過した期間によらず告知が必要となります。
(5)調査対象・方法
管理業者への聞き取り、売主・貸主への物件状況報告書への記載を求めること等、宅建業者としての販売活動・媒介活動に伴う通常の情報収集過程において、当該事案が発生したことを認識した場合に、買主・借主への告知が必要となります。その他、隣接住戸の事案等のガイドラインの対象外の事項について特別の調査を依頼された場合には依頼に応じた調査を、又、社会的影響の大きさから特別に把握しておくべきである場合にはこれに応じた調査を行う必要があります。
3 あなたの戸建て住宅の売却の際の説明
あなたの所有する戸建て住宅の売買契約は、居住用建物の売買契約です。当該建物で3年前に事故死が発生した事実は、「心理的瑕疵」に該当する可能性があるため、売却に際しては、買主に対して、事故死に関する事実について、説明を行う必要があるでしょう。
4 まとめ
このように、同ガイドライン(案)では、宅建業者の宅建業法上の説明義務について一定の基準が示されました。前記の通り、同ガイドライン(案)は、今後修正される可能性があり、確定的な内容ではありませんが、宅建業者の説明義務の有無を考える際の参考となります。また、売主の説明義務については、売主が一般個人であるのか、業者であるのかによって、求められる説明義務のレベルは異なることも考えられますが、同ガイドライン(案)を参考にすることがトラブルの予防に役立つことが期待されます。