安心・安全な不動産売買契約を締結するために不動産売買のトラブルが、どのような局面から生じているか、そのトラブルを防ぐには何を注意すれば良いのかを解りやすく解説しています。
相続と不動産売買
父Aが他界し、母B・私C・弟Dの三人が法定相続人です。故父Aの遺産は、自宅の土地建物だけです。故父Aの遺言はありません。自宅の土地建物をどの様に処理すれば良いでしょうか。
故父Aさんの遺産である自宅の土地建物の相続の処理は、下記の通り、遺産分割手続により進められます。
1 故父Aさんの死後~遺産分割成立まで
(1)
遺産の共有状態
自宅の土地建物は、被相続人(故父A)が逝去後、法定相続人(B、C、D)の間で「遺産分割」が成立するまでの間は、法定相続人(母B・私C・弟D)の法定相続分に従った共有状態となります。本件の場合は、妻B:1/2、息子C:1/4、娘D:1/4の割合での共有状態となります。
(2)
共有状態の自宅の土地建物の売買
この共有状態にある自宅の土地建物を売却する場合には、共有者である法定相続人全員(母B・私C・弟D)の同意が必要となります。この場合、法定相続人全員が売買契約書に署名捺印し、法定相続分に従った相続登記を行った上で買主に対し自宅の土地建物の所有権の移転登記を行います。
2 遺産分割成立
(1)
遺産分割協議・調停・審判
ア
「自由な割合」の遺産分割
遺産分割は、「故父Aの死亡時に存在した財産」に「特別受益」(民法903条)を加えた財産について、法定相続分にこだわらず、「寄与分」(民法904条の2)等の諸事情を考慮した上で「自由な割合」の分割が認められます。そのため、法定相続人(母B・私C・弟D)は、様々な事情を考慮しながら、共有状態にある「自宅の土地建物」について、特定の相続人の単独所有にするか、又は、複数の相続人の共有にするか等の遺産分割の協議を行います。遺産分割は、まず任意の協議で行いますが、任意の協議による解決が困難な場合には、家庭裁判所の「調停」の場で話し合いを行い、「調停」が不成立の場合には家庭裁判所の「審判」により分割を決めます(民法907条)。
イ
「自由な割合」の遺産分割の時期の制限
この「自由な割合」の遺産分割は、法改正により、故父Aさんの死後10年を経過すると禁止されます。つまり、「特別受益」や「寄与分」の規定が適用されず、調停や審判においては、法定相続分や遺言による指定相続分によって分割することになります。(2024年4月1日施行)。但し、10年を経過する前に調停・審判を開始した場合、又は、10年を経過する6か月前に調停・審判を申立てることができない事情が発生し、その事情が終了してから6か月以内に申し立て場合には、調停や審判において「自由な割合」の遺産分割が可能です。
また、10年を経過した後でも、相続人全員の合意がある場合には、「自由な割合」の遺産分割ができると考えられています。
なお、本規定は、施行日(2024年4月1日)より前に相続が開始している本件の場合にも適用されます(但し、一定の猶予期間があります)。
※「特別受益」「寄与分」「特別の寄与」の詳細は【Q 遺産分割の際に考慮される「特別受益」「寄与分」「特別の寄与」とはどのような制度でしょうか?】を参照ください。
(2)
遺産分割協議・調停・審判の効果
ア
遺産分割(協議・調停・審判)が成立した場合、その効果は、相続開始時(故父Aさんの死亡時)に遡り、その結果、前記の共有状態が解消されます(民法896条)。
イ
任意の遺産分割協議が成立した場合には、各法定相続人が署名・実印による捺印の遺産分割協議書を作成します。遺産分割調停が成立した場合には、家庭裁判所が遺産分割の調停調書を作成し、また、遺産分割の審判がされた場合には、家庭裁判所による審判書が作成されます。これらを用いて遺産の自宅の土地建物の相続登記を行います。
(3)
相続登記と相続の対抗力
ア
相続登記義務
「2024年4月1日」から不動産を相続により取得した者は、相続開始及び所有権取得を知ってから3年以内に相続登記を行う義務があります。
※相続登記義務の詳細は【Q 相続登記が義務化されると聞きました。相続登記について教えてください】を参照ください。
イ
相続の対抗力
また、不動産の相続に際し、「法定相続分の範囲内の権利(持分)」取得については相続登記なしで対抗できますが、「法定相続分を超える権利(持分)」を取得した場合には、法定相続分を「超える権利(持分)」の取得の対抗力を得るためには相続登記を備える必要があります(法改正)。未登記のままの場合には、他の相続人の債権者の差押え等に対し、「法定相続分を「超える権利(持分)」の取得の対抗ができず、相続不動産の売却に支障が生じます。不動産を相続した場合には、速やかに相続登記を行って下さい。
(4)
遺産分割成立後の自宅の土地建物の売却
ア
遺産分割により自宅の土地建物の所有者が確定します。従って、自宅の土地建物の売却は、その所有者の意思で行います。
イ
配偶者居住権
なお、母Bが、故父A死亡時に、自宅に居住していた場合には、配偶者短期居住権又は配偶者居住権が存在している可能性が考えられます。自宅の土地建物の売却の際は、その調整が必要となります。
※配偶者居住権・配偶者短期居住権については【Q 配偶者居住権・配偶者短期居住権という制度が制定されたと聞きました。どのような制度でしょうか】を参照ください。
1 「特別受益」
「特別受益」とは、各相続人(母B・私C・弟D)が被相続人(故父A)から遺贈や生前贈与等を受けた財産です(民法903条)。遺産分割は、「被相続人の死亡時に存在した財産」に「特別受益」(民法903条)」を加えた財産について行われますが、遺産分割の対象財産にこの「特別受益」を加えることを「持ち戻し」といいます。
なお、民法改正(2019年7月1日施行)により、婚姻期間が20年以上である夫婦の一方の配偶者が、他方の配偶者に対し、その居住用建物又はその敷地(居住用不動産)の遺贈または贈与をした場合については、「持ち戻し」を免除する意思の表示があったものと推定し、遺産分割に際し、遺産分割の対象財産に贈与された当該居住用不動産を加えないとの改法正がおこなわれました(民法903条4項)。
2 「寄与分」
「寄与分」とは、各相続人が生前の被相続人の遺産の維持・増加に貢献した場合に、貢献した相続人は、遺産分割に際し、この貢献度に応じた遺産の分割を請求できます。この貢献度に応じた遺産の分割の請求を寄与分の請求と言います(民法904条の2)。寄与分のある相続人は遺産分割に際し他の相続人に対し寄与分の請求を行います。
3 「特別の寄与」
民法改正により、相続人(母B・私C・弟D)以外の親族が被相続人(故父A)の療養看護等を行い遺産の維持・増加に貢献した場合には、その親族は、相続人(母B・私C・弟D)に対して貢献度に応じた金銭(特別寄与分)の請求ができるようになりました(2019年7月1日施行)。
父Aが他界し、母B・私C・弟Dの三人が法定相続人です。故父Aの遺産は、自宅の土地建物だけです。故父Aの遺言(母Bに相続させる)が存在した場合、自宅の土地建物をどの様に処理すれば良いでしょうか。
1「遺言(母Bに相続させる)」による相続
故父Aの「遺言(母Bに相続させる)」が存在した場合には、遺言の効力発生(遺言者父Aの死亡)と同時に自宅の土地建物の所有権は受遺者(母B)に移転します。この「遺言(母Bに相続させる)」は、遺言の効力発生と同時に自宅の土地建物の所有権を直ちに「受遺者(母B)」に相続(移転)させる趣旨と解釈されているからです。その結果、他の法定相続人(私C・弟D)に遺留分の侵害が発生する場合には、各自「受遺者(母B)」に対し遺留分侵害額請求を行う事が考えられます。
※遺留分侵害額請求については【Q 遺留分とは、どのような制度でしょうか。また、遺留分が侵害された場合には、どの様な対応ができますか?】を参照ください。
2「遺言」の種類
「遺言」には、下記の「自筆証書遺言」と公証人が作成する「公正証書遺言」等があります。
(1)
自筆証書遺言
ア
自筆証書遺言は、遺言者が全文・日付・氏名を直筆で記載し、捺印をする必要があります。なお、添付する財産目録は、改正法により、パソコンや通帳の写し等によって作成することができるようになりました(2019年1月13日施行)。但し、財産目録の用紙ごとに遺言者が署名押印する必要があります。
イ
検認手続
①
「自筆証書遺言」の保管者は、遺言者の逝去後に、家庭裁判所に「検認」手続を行う必要があります。「検認」手続は、遺言書の存在を確認する手続であり遺言の効力を判断するものではありません。なお、自筆証書遺言に基づく不動産の相続登記手続には「検認済証明書」が必要となります。
②
自筆証書遺言保管制度
法務局の遺言書保管等に関する法律の制定により、法務局で自筆証書遺言を保管する制度が創設されました(2020年7月10日施行)。この制度を利用した自筆証書遺言は検認が不要となります。
(2)
公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者が遺言の内容を公証人に伝え、公証人がこれを筆記して公正証書による遺言書を作成します。証人2名以上の立会いが必要となります。なお「公正証書遺言」の場合は、検認手続きが不要です。
(3)
秘密証書遺言
遺言者が遺言証書に署名押印し、証書を封じた封紙にその押印した印章で封印し、公証人及び証人に提出して自己の遺言書である旨及びその筆者の氏名・住所を申述します。公証人が封紙に提出日・遺言者の申述を記載し、遺言者と共に署名して押印します。
3 相続登記と相続の対抗力
【相続登記と相続の対抗力】で説明した通り、不動産を相続により取得した者は、相続開始及び所有権取得を知ってから3年以内に相続登記を行う義務があり、又、「法定相続分を超える権利(持分)」の取得については相続登記を行わない限り第三者に対抗することができません。受遺者(母B)は、速やかに相続登記を行って下さい。
遺留分とは、どのような制度でしょうか。また、遺留分が侵害された場合には、どの様な対応ができますか?
1 遺留分
遺留分とは、相続に際し、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者・子・直系卑属)の生活保障等の観点から、法律上、相続人に付与されることが期待される遺産の割合をいいます。本件の場合、法定相続人が母B・私C・弟Dの三人ですので、各自の遺留分は、各相続人の「法定相続分」の2分の1です。
2 遺留分侵害額請求権
ア
本件の場合、母Bが遺言により唯一の遺産である自宅の土地建物を単独相続した結果、私Cと弟Dは各自の遺留分を侵害されています。私Cと弟Dは、母Bに対して、下記の算出による遺留分侵害額に相当する金銭請求権(遺留分侵害額請求権)を行使することができます。
遺留分侵害額=「遺留分の基礎財産(相続開始時の財産+贈与の財産-債務の全額)」×遺留分
イ
法改正前は、遺留分侵害に伴う遺留分の請求は、各遺産に対する遺留分侵害された共有持分の回復(減殺)請求でした(遺留分減殺請求権)。そのため、対象遺産について遺留分権利者・受贈者・受遺者との共有関係が生じ売却等に支障をきたすことが問題とされました。法改正(2019年7月1日施行)により、遺留分の請求は、遺留分侵害額に相当する「金銭請求権」の行使に変更されました。
配偶者居住権・配偶者短期居住権という制度が制定されたと聞きました。どのような制度でしょうか。
1 配偶者居住権
配偶者居住権とは、残された配偶者が相続開始時に被相続人の所有する建物に無償で居住していた場合に、被相続人が亡くなった後も、配偶者が賃料の負担なくその建物に住み続けることができる利用権です。配偶者居住権は、残された配偶者に住み慣れた住環境での生活を確保させる権利を付与しつつ、遺産分割に際し、その後の生活資金を遺産から一定程度確保させる趣旨で、民法改正により創設されました(2020年4月1日施行)。
配偶者居住権は、相続開始時に残された配偶者が被相続人の所有する居住用建物に無償で居住していた場合に、遺産分割、遺贈、死因贈与又は家庭裁判所の審判により居住用建物の全部について無償で使用及び収益する権利が付与されます(民法1028条1項)。この建物の所有権を取得した者は、配偶者居住権の登記を行う義務があります。配偶者居住権の登記を行った場合、配偶者居住権は第三者に対しても対抗できます(民法1031条1項、2項)。
2 配偶者短期居住権
配偶者短期居住権とは、相続開始の時に配偶者が無償で居住していた場合に、遺産分割終了の日と相続開始の時から6カ月を経過する日のいずれか遅い日まで、配偶者が従来どおりに居住することができる使用権を言います(民法1037条1項)。なお、配偶者短期居住権は債権的な使用権ですので登記はできません。
相続登記が義務化されると聞きました。相続登記について教えてください
1 相続登記申請義務
相続登記とは、相続した土地・建物について、不動産登記簿の所有名義を相続人に変更する登記です。相続登記を行うためには、承継した相続人が法務局に申請を行う必要があります。これまで相続登記は任意でしたが、法改正によって、2024年4月1日から、相続登記が義務化されることになりました。
相続人は、相続により不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をする義務を負い、正当な理由がないにもかかわらず相続登記を行わない場合には、10万円以下の過料が課される場合があります。遺産分割によって不動産を取得した場合は、遺産分割の成立から3年以内に相続登記申請を行う必要があります。
なお、相続登記申請義務は、2024年4月1日以前に相続が生じている場合にも適用され、施行日(2024年4月1日)または不動産を相続したことを知った日のどちらか遅い方から3年以内に、申請する義務を負います。
2 相続人申請登記
なお、相続の発生から3年以内に遺産分割が整わない等、相続登記申請が難しい場合には、相続人申告登記(登記簿上の所有者について相続が開始したこと、及び、自らがその相続人であることを申し出る登記)を行うことで、相続登記義務を果たしたことになります。
不動産売買契約締結後、代金決済及び所有権移転登記を行う前に、売主又は買主が死亡した場合、この不動産売買契約はどのようになるのでしょうか。
売買契約締結後、代金決済及び所有権移転登記等を完了する前に、契約当事者が亡くなった場合、売買契約の死亡した当事者の地位(当事者の売買契約上の権利・義務)は、原則、法定相続人に承継されます。従って、その法定相続人は、売買契約上の当事者(売主・買主)の地位を承継し、当事者の売買契約上の権利・義務を履行して売買契約を完了させることになります。
特約がない限り、売買契約が相続を理由として白紙に戻ることはありませんが、承継した相続人と相手方間の売買契約の手付解除やローン解除、又は、合意解約の可能性は残ります。こうした場合には契約当事者間で十分協議して下さい。
10年以上前に、故父の所有不動産を法定相続人らで共同相続しました。共同相続した共有者の一人は、全く面識もなく所在不明であり連絡がつきません。今後、この不動産を売却するにはどうすれば良いでしょうか。
1 共有不動産の売却
共有不動産の売却を行うためには、共有者全員の同意が必要となります。そのため、これまで、共有者の中に所在等不明者がいる場合には、不在者財産管理制度のもと裁判所に不在者財産管理人を選任してもらい、不在者財産管理人が裁判所の許可を得て売却する等の方法をとる必要がありましたが、予納金等の費用や時間がかかるため、利用しづらい面がありました。そのため、民法改正(2023年4月1日施行)では、以下2.3.の所在等不明共有者の持分取得制度や所在等不明共有者の譲渡権付与制度が創設されました。但し、この制度を共有相続人の所在等不明者の場合に利用するには、相続開始から10年を経過している必要があります。本件の場合には、相続開始から10年を経過しているので、所在等不明共有者の持分の取得制度や第三者への譲渡権限付与制度を利用して不動産を売却することが可能となります。
2 所在等不明共有者の持分取得制度
共有者の中に所在等不明共有者(共有者を知ることができず、又は、その所在を知ることができない)がいる場合、裁判所は、共有者の請求により、その共有者に所在等不明共有者の持分を取得させる旨の裁判をすることができます(民法262条の2第1項)。裁判所は、申立共有者の持分取得許可決定に際して、申立共有者に供託を命じます。
これにより、所在等不明共有者の持分は申請した共有者の持分となり、その結果所在等不明者を除外した他の共有者間の協議で不動産売却が可能となります。
なお、所在等不明共有者の持分が相続財産に属する場合には、裁判所は、相続開始から10年を経過するまでは、この制度に基づく所在等不明共有者の持分取得決定をすることはできません。
3 所在等不明共有者の持分の第三者への譲渡権限付与制度
共有者の中に所在等不明共有者がいる場合、裁判所は、共有者の請求により、所在等不明共有者以外の共有者全員が各自の共有持分を第三者へ譲渡することを停止条件として、その共有者に所在等不明共有者の持分を第三者に譲渡する権限を付与する裁判をすることができます(民法262条の3第1項)。
これにより、所在等不明共有者の持分を含む共有者全員の共有土地の持分が第三者に全部譲渡され、共有土地は、第三者の所有不動産となります。又、この裁判により共有土地が第三者へ売却された場合には、所在等不明共有者は、所在等不明共有者の持分を譲渡した共有者に対し、その不動産の時価相当額をその持分に応じて按分して算出した金額を請求することができます。
なお、所在等不明共有者の持分が相続財産に属する場合には、相続開始から10年を経過するまでは、裁判所は、この持分の譲渡決定をすることはできません。