不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
時効取得と所有者不明土地の売却
Q
私は、3年前に父をなくし、亡父の自宅(戸建住宅)を相続しました。この度、亡父の自宅を処分しようと思い、隣地との境界等を調査したところ、自宅の庭の一部が、隣地所有者Aの土地の一部であったことが判明しました。しかし、この庭の部分は、亡父が30年以上も前から自宅の庭の一部として、植木を植えて使用してきたものであり、これまでAから所有権の主張や、苦情を言われたこともありません。なお、Aは、数年前に亡くなったようですが、隣地について相続登記がされておらず、現在の所有者は不明です。
こうした状況ですが、私は、この庭を含めた亡父の自宅を売却することができるでしょうか。その場合、どのような措置が必要でしょうか?
A
あなたが、この庭の部分について取得時効を主張することができる場合には、現在の隣地所有者に対して取得時効を援用し、この庭の部分の所有権を取得して所有権移転登記をすることにより、亡父の自宅と一緒に売却することが可能でしょう。
この庭の部分の所有権移転登記をすることは、取得時効の成立要件ではありませんが、あなたが、亡父の自宅を売却する際に、買主に対し、この庭の部分も所有権移転登記を行う必要があるので、事前に、現在の隣地所有者に対して時効取得を援用し、この庭の部分の所有権移転登記をしておく必要があります。
解説
1.取得時効
民法は、長年継続した事実状態を尊重することで権利関係の安定を図るため、一定期間の占有の継続を要件として、所有の意思を持った占有者(自主占有)に所有権の取得を認める取得時効の制度を認めています(民法162条1項、2項)。
土地の所有権の取得時効が成立するためには、占有者が、所有の意思をもって平穏かつ公然と占有を開始し、占有の開始時に善意(他人の所有地であることを知らない)かつ、無過失(知らないことに過失がない)の場合には10年間、悪意(他人の所有地であることを知っている)の場合には20年間占有を継続する必要があります。
所有の意思とは、所有者として権利行使をする意思のことであり、従って、賃借や使用貸借のような占有(他主占有)の場合には、この所有の意思が認められません。また、平穏とは強迫や暴行によらないこと、公然とは隠秘ではないことです。なお、民法では、占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏かつ公然と占有をするものと推定しています(民法186条1項)。
また、時効(取得時効、消滅時効)制度は、その活用を当事者の意思に委ねているため、占有者が取得時効を主張する場合には、所有権者に対し取得時効の援用が必要です。
本件では、あなたの亡父は、この庭の部分を、30年以上の間、自宅の庭の一部として使用し占有を継続していたことが認められます。そして、あなたは、相続により亡父の占有状態を承継しました。従って、この庭の部分の占有が自主占有である限り、占有開始時の善意や悪意に拘らず、取得時効を主張することが可能でしょう。
あなたは、現在の隣地所有者を探索し、その所有者に対して、この庭の部分の取得時効を援用し、この庭の部分の所有権移転登記をした上で、亡父の自宅と一緒に売却することが可能となるでしょう。なお、その所有者が取得時効を認めない場合には、訴訟によりこの庭の部分の所有権移転登記を求めることになるでしょう。
2.所有者不明の土地
本件のように、相続が発生しても相続登記がされていない場合や現在の権利状態が正しく反映されていない登記も存在します。そうした場合、登記簿(登記記録情報)の確認だけでは、現在の所有者を知ることができません。
本件の場合、隣地所有者であった故人の戸籍(除籍)等の資料から相続人を探索する必要があります。なお、探索した相続人の所在が不明な場合や、相続放棄などにより相続人が不存在の場合もあります。こうした相続人の所在が不明や不存在の場合には、不在者財産管理制度や相続財産管理制度を利用する等の法的な手続きを進める必要があります。
あなたは、上記のようにして、この庭の部分の所有者や管理者を確定し、その者に対し取得時効を援用することになるでしょう。
まとめ
本件のように、相続が代々続いている土地では、その都度、相続登記が行われない場合、登記簿に記載された権利関係と実際の権利の実態が一致しない場合があります。登記申請は、権利者の任意の行為であり、法的義務ではないことから、こうした状態が生じるのです。
どのような事情で登記と実態の相違が生じたのかは事案によって様々ですが、長年継続した事実状態を保護する取得時効制度を利用することで、この種々の問題の一定の解決を図ることができる場合があります。
現在の所有者を調査するためには、登記上の所有者名義人の戸籍(除籍)や住民票を確認する必要がありますが、これらの資料の収集は、親族以外の一般の方には困難であり、また、相続が代々に渡っている場合の相続人の調査は複雑となるため、弁護士等の専門家に依頼することでスムーズな調査を行うことができるでしょう。