不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
共同相続と不動産売却代金のトラブル
Q
昨年、私の父が亡くなり、現在、遺産分割に向けて準備を進めているところです。遺産は、土地・建物・預貯金・株式等です。相続人は、私の他に、弟、妹の合計3人で、特に遺言はありません。先月、相続処理の一貫として、弟、妹と話し合いの上、父が所有していた土地・建物を法定相続分で共有名義に相続登記をおこない、買主に3000万円で売却しました。
土地・建物の売却に当たっては、弟が相続人の代表として、買主との契約締結や代金の受領等を行い、現在、弟の口座で売却代金全額を保管しています。
私は、遺産分割協議が整うまでには、だいぶ時間がかかりそうなので、売却代金3000万円のうち、私の持分の1000万円について、すぐに引き渡して欲しいと要求しました。しかし、弟は遺産分割協議が整うまでは渡せないと拒んでいます。私は直ちに1000万円の引渡しを請求できるのでしょうか。
A
共同相続人全員の合意によって土地を売却した場合、その売却代金は、遺産分割の対象にするとの特別の合意のない限り、遺産分割の対象には含まれず、相続人が各々の持分に応じて分割取得します。
本件において、前記のような特別の合意がない場合には、あなたは、弟さんに対して、直ちに、自己の持分に応じた1000万円の引渡しを請求することができます。
解説
1.共同相続
被相続人の死亡により相続が発生すると、被相続人に帰属していた一切の権利・義務は、被相続人に一身に専属したものを除いて、相続人に包括的に承継されます(民法882条、896条)。相続人が複数いる場合には、相続財産は共同相続人の相続分に応じた持分の共有状態となります(民法898条、899条)。
本件では、あなた、弟さん、妹さんの3人が共同相続人であり、法定相続分と異なる格別の遺言も無いようなので、相続財産に対して、各々が法定相続分3分の1の持分を有しています(民法900条)。本件の土地・建物を含め、全ての相続財産が3名の共同相続人の共有状態となり、各々が3分の1の持分を有していることになります。
2.遺産分割の対象財産
(1)本件のように、共同相続が発生した場合、最終的に個々の相続財産を具体的に誰にどのように帰属させるのかを決定するため遺産分割手続を行います(民法909条)。遺産分割手続は、共同相続人間の協議で行うことができますし、もし協議が整わない場合や協議ができない場合には、家庭裁判所に遺産分割の申立をすることができます。家庭裁判所では、まず、遺産分割調停手続を行い、調停において分割の合意が整わない場合には、裁判所に分割の審判を求めることができます(民法907条1項、2項)。
相続財産のうち、遺産分割の対象となる財産については、遺産分割の協議が整うまでは、各自の持分の引渡請求等をすることはできないことになります。
(2)相続財産のうち、どのような財産が遺産分割の対象となるのでしょうか。
相続財産のうち単純な可分債権や金銭債務については、原則として、相続開始とともに当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属するため、遺産分割の対象にはならないと考えられています(預貯金債権については後述)。
他方、土地や建物等の不動産は、遺産分割の対象となると考えられています。
では、本件のように、相続開始から遺産分割協議が整うまでの間に、不動産を売却処分した場合の売却代金や不動産から生じた果実(賃料債権等)について、遺産分割の対象と考えるべきなのでしょうか。
ア、裁判実務では、相続開始から遺産分割協議が整うまでの間に、共同相続人全員の合意によって相続財産である土地を売却したケースについて、その売却代金は、遺産分割の対象から逸出し、遺産分割の対象に含めるとの特別の合意がない限り、原則として、遺産分割の対象とならず、共同相続人が持分に応じて個々に分割取得できると判断しています(最判昭和54年2月22日)。
本件のように、相続財産であった土地・建物を売却した場合の売却代金は、代償財産にすぎず、遺産分割の対象にはならないというわけです。
イ、また、賃貸借契約中の不動産に共同相続が発生した場合、相続開始時からその遺産分割協議によりその不動産の帰属が決まるまでの間に発生した賃料債権についても、「各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し、その後の遺産分割による不動産の帰属(帰属は相続開始時に遡る)の影響を受けない」と判断しています(最判平成17年9月8日)。
相続開始から遺産分割の協議が整うまでの間に発生した賃料債権等の果実は、相続開始時に存在した遺産そのものではないため、遺産分割の対象にはならないというわけです。
ウ、以上の考え方を前提とすると、本件においても、売却代金3000万円は遺産分割の対象ではないため、売却代金を遺産分割の対象とするとの特別の合意がない限り、あなたは、弟に対して、持分3分の1に応じた金額1000万円の引渡しを直ちに請求出来ることになります。
まとめ
被相続人が遺した遺産のうち、遺産分割の対象となるか否かについては、様々な見解があります。近年、共同相続した預貯金債権について、最高裁がこれまでの判断を覆し、預貯金債権の特性を注視し、共同相続した預貯金債権は、遺産分割の対象となるとの判断を示しました(最大決平成28年12月19日)。これにより、共同相続した預貯金債権についての金融機関の実務上の取扱と同じ結論になります。
本件では、共同相続した土地・建物の売却代金という代償財産についての裁判実務の見解をご紹介しました。しかし、現在の裁判では、遺産分割の対象財産の範囲を広げる傾向にあるようですので、今後の判断の動向を注視していく必要があるかもしれません。