不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
危険負担と重要事項説明
Q
私は、平成28年8月1日、売主業者Aが高台に建築中の戸建住宅を、仲介業者Bの仲介により、売買代金5000万円で購入する売買契約を締結し手付金250万円を支払いました。
この契約では、建築中の戸建住宅の完成が契約締結後1か月以内と予定され、又、その後に内覧会を行った上で同年9月30日に残代金の支払いと戸建住宅の引渡しを行うことになっていました。その後、戸建住宅が完成し内覧会が実施されました。
内覧会に際し、私は、売主業者Aに対し、引っ越し準備の為、戸建住宅の鍵を早めに引渡すことをお願いしたところ、売主業者Aは、快諾し、戸建住宅の鍵を引渡してくれました。
私がその鍵を用いて引っ越し準備をしていたところ、同年9月30日の数日前に、大型台風が通過し、この地域一帯に豪雨に伴う大規模な土砂災害が発生し、私の購入した戸建住宅も甚大な被害を受けました。戸建住宅の利用には、大規模な補修工事が必要です。
ところが、同年9月30日、売主業者Aは、私に対し、次のように説明して残代金の請求をしてきました。
「大変気の毒ですが、既に、戸建住宅の鍵の引渡しをしているので、売主業者Aとしては、土砂災害による戸建住宅の被害の負担をすることができません。
なお、戸建住宅の補修工事は、責任を持って行いますが、その費用負担は、別途、買主にお願いします。本日は、戸建住宅の所有権移転、及び、移転登記手続を行うので、約定に従い残代金の支払いをお願いします。」
私は、売主業者Aに対し、とりあえず考えさせて欲しいと返答しました。
なお、今回の土砂災害が発生した後になって、この地域一帯が土砂災害警戒区域に指定されました。
しかし、私は、売主業者A、及び、仲介業者Bから、この地域一帯が土砂災害警戒区域に指定される可能性があるとの説明を受けていません。もし、その説明を受けていたら、私は、この戸建住宅を買わなかったかもしれません。
私は、今後、売主業者Aの申入れ、及び、仲介業者Bに対し、どのように対応すべきでしょうか?
A
1.代金支払い義務の有無
あなたに残代金の支払い義務が生じているか否かの問題は、本件売買契約において、戸建住宅の引渡しを行うまでの間に生じた土砂災害などの被害に関するリスク負担(危険負担)を、売主と買主のどちらが負担する約定になっているかにより結論が異なります。
売主業者Aが負担するとの約定(債務者主義)の場合には、戸建住宅の土砂災害などの被害のリスク負担が売主にあるので、あなたは、戸建住宅の補修工事が完了し、完全な状態で引渡しを受けるまで残代金の支払い義務が生じません。この場合、補修工事に要する費用の負担もありません。
しかし、買主が負担するとの約定(債権者主義)の場合には、買主のあなたには、残代金の支払い義務が生じ、又、補修工事の費用も負担する必要があります。
一般的な不動産売買契約では、売主業者Aがリスク負担(危険負担)をするとの約定(債務者主義)を行っています。しかし、こうした約定(特約)がない場合に、民法の規定では、買主のあなたがリスク負担(危険負担)を負うことになっています(債権者主義)。
あなたの売買契約では、どちらなのかを確認して下さい。
2.仲介業者等の責任の可否
本件売買契約の締結前に、戸建住宅の存在する地域一帯が土砂災害警戒区域に指定されていた場合には、売主業者A、及び、仲介業者Bは、共に、宅地建物取引業者として、買主のあなたに対し、土砂災害警戒区域に指定されている事実を重要事項説明において説明する義務があります(宅地建物取引業法第35条)。
しかし、土砂災害警戒区域に指定された時期が売買契約の締結後である場合には、売買契約締結前にその事実を説明することは不可能です。従って、当然に説明義務違反があったとは言えません。但し、土砂災害警戒区域の指定は、各自治体が、事前に土砂災害の危険な区域を調査し、その結果を公表し、かつ、地域住民の意見を聞いた上で指定します。従って、本件売買契約の締結時には、未だ指定されなかったとしても、事前の土砂災害の危険な区域の調査結果を知ることができた可能性があります。宅地建物取引業者は、そうした危険性の有無を調査することができた場合には、重要な事実として調査を行い説明する義務を負担しています(宅地建物取引業法第47条)。仮に、こうした調査義務を怠った事実があれば、売主業者A、及び、仲介業者Bは、あなたに対し損害賠償責任を負うことが考えられます。
解説
1.危険負担
本件の売買契約では、売主業者Aは、引渡し期日に、戸建住宅を完全な状態で引渡す義務(債務)を負担し、一方で、買主であるあなたは、完全な状態の戸建住宅と引き換えに残代金を支払う義務(債務)を負担しています。ところが、引渡期日の数日前に発生した大型台風の豪雨により地域一帯に土砂災害が発生し、戸建住宅に甚大な被害が生じました。その結果、売主業者Aは、引渡期日に完全な状態の戸建住宅を引渡すことが不可能となりました。しかし、戸建住宅の被害の原因は、大型台風の豪雨による土砂災害という自然災害によるものであり、売主業者Aの責任ではないので債務不履行には該当しません。もちろん、買主のあなたにも責任がありません。こうした被害の負担を、売主と買主のどちらが負うべきかの問題を「危険負担」と呼びます。
この「危険負担」については、売主が負担すべきであるとする考え方があります。売主は、戸建住宅を完全な状態で引渡す債務を負担しているので、戸建住宅を完全な状態で引渡さない限り、残代金を請求できない(買主の残代金支払い義務が生じない)とする考え方です。この考えは、戸建住宅の引渡しの債務者である売主がこの被害の危険を負担するので「債務者主義」といいます。
一方、買主が負担すべきであるとする考え方があります。買主は、不完全な状態のままの戸建住宅を引き取り残代金の支払いをすべきとの考え方です。
この考え方は、戸建住宅の引渡しを求める債権者である買主がこの被害の危険を負担するので「債権者主義」といいます。
本件売買のような「特定物売買」における「危険負担」については、民法は、「債権者主義」(買主の負担)を原則としています。しかし、多くの不動産売買契約では、「戸建住宅の引渡前までは売主が負担する」との特約(債務者主義)をしています。これは、戸建住宅の引渡前までは、売主に戸建住宅の支配権(所有権及び管理権)があるので危険も負担すべきとの考え方を前提にしています。従って、戸建住宅の引渡しにより、戸建住宅の支配権(所有権及び管理権)が買主に移転した場合には、危険の負担も買主に移転するとの考え方でもあります。
あなたの本件売買契約の危険負担が、前記のどちらであるかにより、あなたの今後の対応の方向性に違いがあります。
なお、仮に、あなたの売買契約の危険負担が前記の後者の「債務者主義」(売主負担)であった場合には、あなたは、大型台風の到来前に、戸建住宅の鍵の引渡しを受けており、既に、戸建住宅の支配、従って、危険負担も買主に移転しているのではないかとの問題が生じます。しかし、戸建住宅の支配の移転は、単に鍵の引渡しに伴う占有の移転だけでなく、実質的な支配権(所有権及び管理権)の移転が必要と考えられますので、危険負担は、なお、売主にあると考えるべきでしょう。
2.土砂災害警戒区域についての重要事項の説明
宅地建物取引において、宅地建物の自然災害による危険性に関する事項は、契約締結の判断において重要な影響を与える事柄であるため、宅地建物取引業法では、当該宅地建物が存在する地域が、造成宅地防災区域、土砂災害警戒区域、津波災害警戒区域であるか否かについて、重要事項説明において説明することを義務付けています(宅地建物取引業法施行規則第16条の4の3)。
売主業者Aや仲介業者Bが、重要事項の説明において、これらの説明を怠った場合には、説明義務違反として債務不履行責任を負います。
一方、こうした様々な危険区域の指定前には、様々な調査が行われ、その調査結果が公表され、又、地域住民の意見を聴取する機会等が設定されています。
まとめ
自然災害等の不可抗力によって取引物件の滅失・毀損が発生した場合、どちらがその損害を負担するのかという危険負担の問題は、どのような特約を定めるかによって、結論を大きく異にします。上記の通り、民法の規定通りに従うと、債権者である買主にとって酷な結論となるため、取引態様に応じて適切な特約を設けることが大切になります。