不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
土地売買契約における売主死亡のトラブル
【Q】
私は、売主Aとの間で土地売買契約を締結し、決済・引渡しを待っている状況です。ところが、先日、売主Aが急に亡くなったとの連絡を受けました。売主Aの相続人には妻Bと子供C、Dがいると聞いています。
(1)売主Aの死亡により、本件土地売買契約はどうなるのでしょうか。
今後、私はどのような点に注意して売買契約を進める必要があるでしょうか。
(2)売主Aの子供Cは、本件土地の売却に反対しており、白紙に戻すことを希望しているとも聞いています。子供Cの一存で、本件土地売買契約を解除できるのでしょうか。
【回答】
(1)売主Aの死亡により、本件土地売買契約上の売主Aの地位は、売主Aの相続人で本件土地を取得した者が承継します。あなたは、売主Aの地位を承継した相続人から土地の引渡し、及び、移転登記を受け、それと引き換えに代金の支払いを行うことになります。
(2)本件土地売買契約に売主Aの死亡を理由とした契約解除条項がない限り、売主Aの相続人らは、手付解除(手付解除期限前の倍返し解除)以外に一方的に契約解除を行う事はできません。
又、本件土地を妻B、子供C、Dが共同相続する場合には、子供Cの意向だけで契約解除をすることはできません。相続人が複数いる場合、解除権は相続人全員で行使する必要があり、相続人の一人の意思のみで解除することはできないからです。
【解説】
1 売主Aの死亡
本件土地売買契約締結により、売主Aは、買主(あなた)に対して、売買代金請求権を取得すると共に、本件土地の引渡し義務・所有権移転登記義務を負っています。これらの本件売買契約上の売主Aの地位(権利・義務)は、売主Aの死亡により、売主Aの相続人で本件土地の承継者に承継されます。
したがって、あなたは、売主Aの相続人との間で、互いの本件売買契約上の義務履行を完了させることになります。
2 相続人の確定
(1)本件では、売主Aの相続人として、妻B、子供C、Dがいるようですので、あなたは、相続人の誰が本件土地を相続したのかを確認し、本件土地を承継した相続人を相手として売買代金を支払い、これと引き換えに、本件土地の引渡し・移転登記を受け本件土地売買契約上の義務履行を完了させる必要があります。
(2)本件土地を誰が承継したのかの確認は次のように行います。
売主Aが遺言を残していた場合には、遺言の内容に従い、本件土地の相続人が決定することになります。遺言の内容によって、妻B、子供C、Dのうちの特定の者が本件土地を相続する場合、共同で相続する場合も考えられます。
特定の者が相続する場合は、その特定の者が売主Aの地位を承継します。共同相続の場合には、共同相続人全員が売主Aの地位を承継します。
(3)一方、売主Aが遺言を残していない場合には、売主A の死去と共に、本件土地を含む売主Aの遺産は、妻Bと子供C、Dの法定相続分に従った共有状態となります。この状態の場合、妻Bと子供C、Dが売主Aの地位を承継しますが、その後、共同相続人間で遺産分割協議が行われ特定の相続人が本件土地を取得する場合には、その特定の者が売主Aの地位を承継します。なお、この遺産分割協議には時間がかかることが想定されます。
そこで、相続人間で遺産分割協議に時間を要している場合には、あなたは、共同相続人の中の代表者と連絡を取り、とりあえず、共同相続人間で本件土地の売買処理について合意を行ってもらい、代金決済期日までに、本件土地について法定相続分に従った相続登記を行い、本件土地の登記移転義務・引渡し義務を履行し、また、あなたが支払う売買代金の送金先口座を特定してもらい、代金支払い義務の履行を行う方策を協議する必要があるでしょう。
3 契約の解除
土地売買契約条項に売主Aの死亡を理由とした解除条項がない場合には、売主側には、売主Aの死亡を理由とする本件土地売買契約の解除権はありません。売主の共同相続人らが解除を望む場合には手付解除(手付解除期限前の倍返し解除)が考えられます。しかし、共同相続の場合、解除権は不可分性を有するため、この解除権の行使は共同相続人の全員で行う必要があります。
従って、妻B、子供C、Dの全員で行使する必要があり、子供Cだけの意思で解除を行う事はできません。そのため、本件売買契約を本当に解除するかについて、子供Cのみだけではなく、相続人全員との間でよく協議をする必要があります。
4 まとめ
売買契約締結後、履行が完了するまでの間に、契約当事者の一方が亡くなり、相続が生じた場合、契約当事者に複数の相続人が生じることで、法律関係が複雑になります。
本件設問では、売主死亡のケースを想定しましたが、買主死亡のケースでは、代金支払い債務を複数人が相続することになり、代金債務は可分債務と考えられるため、複数人の相続人の中で、誰が、いくらの債務を負ったのかに注意を払う必要があります。売主死亡、買主死亡のいずれのケースにおいても、相続人を正確に把握し、相続人全員の意思を確認した上で、契約上の債務履行を進める必要があります。