不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
浸水被害の発生した住宅の購入に関するトラブル
近年、記録的豪雨によって住宅や敷地に浸水等の水害が生じるケースが増えています。このような浸水被害の生じる立地にある物件の売買ではどのようなことに注意する必要があるでしょうか。
設例
私は、仲介業者Aから、売主Bが所有する地下1階が駐車場となっている中古の戸建住宅(以下「本件住宅」という。)の紹介を受け、内見して気に入ったため、Bとの間で、本件住宅の売買契約をしました。本件住宅には、地下駐車場と地下玄関との間に仕切り板が設置されていたため、地下駐車場への浸水被害が気になり、内見の際に、Aに対して、過去の本件住宅での浸水被害の有無を問い合わせたところ、Bからは「近年の集中豪雨の際にも浸水被害は無い」と聞いているとの説明があったため、安心して購入しました。しかし、購入から半年後に発生した集中豪雨によって、駐車場は浸水、駐車していた自動車は故障し、修理が必要となりました。なお、近隣の住宅にも同様の被害が発生しています。
私は、浸水被害発生後、市役所に本件住宅の浸水履歴の情報開示請求をしたところ、近年の集中豪雨においても、本件住宅を含む周辺一帯に同様の浸水被害が発生していたことが明らかとなりました。
質問
(1)集中豪雨の際に、駐車場に浸水被害が発生した本件住宅は、欠陥住宅ではないでしょうか。私は、Bに対し、欠陥住宅の瑕疵担保責任を問えるでしょうか。
(2)本件住宅の過去の浸水被害に関するAの説明は、私が市役所に問い合わせた結果と異なっていました。私は、Aに対し浸水被害に関する調査説明義務違反の責任を問えるでしょうか。
回答
(1)本件住宅の浸水被害が、通常の降雨の際に発生したのであれば、欠陥住宅の可能性がありますが、集中豪雨のような異常な事態による浸水被害の場合には、欠陥住宅と考えることは難しいでしょう。
通常の降雨の際には浸水被害が発生しない住宅の性能状態は、居住用建物として通常有すべき性能を有していると考えられ、「隠れた瑕疵」が存在する欠陥住宅ではありません。Bに対する瑕疵担保責任の追及は難しいでしょう。
(2)仲介業者が住宅の浸水被害の事実を認識している場合には説明義務がありますが、浸水被害の事実を認識していない場合には、調査説明義務が当然には生じないと考えられています。しかし、後者の場合でも、一定の状況が存在する場合には、調査説明義務があるとするのが裁判実務です。
本件の取引の事情を具体的に考慮すると、この一定の状況の存在が認められ、Aには浸水被害の事実を説明する義務があったと考えられます。したがって、あなたは、Aに対し調査説明義務の債務不履行責任を追及できるでしょう。
解説
1.本件住宅の浸水被害と瑕疵担保責任
(1)売買の目的物が、売買契約時に想定された通常有すべき性能を欠いている場合には、目的物に「隠れた瑕疵」があるとして、買主は、売主に対し瑕疵担保責任に基づき損害賠償請求や契約解除を行うことができます(民法570条)。
(2)本件住宅の場合、豪雨による雨水が敷地内に浸水し地下駐車場が浸水被害に遭いました。この被害の発生は、本件住宅及び敷地の性能が売買契約時に想定された通常有すべき性能を有していない状態、すなわち「隠れた瑕疵」によるものなのでしょうか。
(3)一般的に、住宅の敷地が通常有すべき性能とは、敷地としてその住宅の存立を維持し、崩落や陥没等のおそれがなく、地盤として安定した支持機能があることと解されています(東京高裁平成15年9月25日判決)。従って、本件住宅の敷地は、地盤として安定した支持機能を有し、崩落や陥没等の事実もないので通常有すべき性能を有していると考えられます。
(4)また、本件住宅には、過去において、集中豪雨による浸水被害がありますが、通常の降雨による浸水被害はありません。又、敷地の崩落や陥没などによる住宅の倒壊の事実もありません。他方、本件住宅には、地下駐車場と地下玄関との間に仕切り板が設置されており、通常の降雨による浸水被害の防止策が施されています。従って、本件住宅は、売買契約時に想定された通常有すべき性能である通常の降雨による浸水被害を防止できる性能を有した住宅と考えることができます。
(5)ところで、裁判実務では、集中豪雨による住宅の浸水被害は、その住宅の固有の特性ではなく、周辺地域一帯が有する地域の特性であり、その住宅に通常の降雨による冠水や浸水被害が発生しない場合には、その住宅が通常有すべき性能を欠いているとまでは評価できないと解しています(東京高裁平成15年9月25日判決)。この考えの背景には、集中豪雨による冠水や浸水被害が発生しやすいという特性を有する周辺地域一帯の取引においては、通常の価格より低い価格での取引を行うのが一般的であり、この特性は、取引価格に織り込み済みとの考えがあると思われます。なお、この特性も地域の排水事業の整備等によって改善されますので、その場合には取引価格も回復するでしょう。
(6)従って、前記の性能を有する本件住宅は、売買契約時に想定された通常有すべき性能を有していると考えられ、欠陥住宅とまでは言えず、Bに対し損害賠償請求を行うことは難しいでしょう。
2.浸水履歴の調査説明義務
(1)Aに関し、本件住宅の浸水被害の事実を認識していた場合には、当然、説明義務を負担しますが(業法35条、47条)、「近年の集中豪雨の際にも浸水被害は無い」とのBの説明を信じており浸水被害の事実を認識していなかった場合にも調査・説明義務が存在するのかが問題となります。
(2)裁判実務では、仲介業者が浸水被害の事実を認識していた場合には、その説明義務がありますが、浸水被害の事実を認識していない場合には、当然には調査・説明義務はないと考えます。但し、浸水被害の事実を調査説明すべき根拠の法令があり、調査説明をする業界の慣行や具体的事情等が存在し、かつ、仲介業者においてその情報の入手が可能である場合には、浸水被害の調査・説明義務が生じるとしています(東京地裁平成19年10月30日、東京地裁平成29年2月7日判決)。
(3)本件の場合、本件住宅の駐車場と地下玄関の間に浸水対策と考えられる仕切り板が設置されており過去の浸水被害を疑うに足りる事情が存在し、又、あなたも内見の段階から浸水被害を気にかけて本件住宅の浸水被害の有無をAに問い合わせていた経緯があり、更に、Aが市役所に問い合わせを行うか、又は、Bの個人情報開示請求により本件住宅の浸水履歴の情報を入手することが可能であった事情等を考慮すると、Aは、本件住宅の浸水被害の事実を認識することが容易であり、浸水被害の事実を認識していた場合と同視でき、調査・説明義務が生じていたと考えることができます。
(4)したがって、あなたは、Aに対し、これらの調査説明義務の債務不履行責任に基づく損害賠償請求を行うことが可能と考えられます。
3.まとめ
近年、記録的集中豪雨によって、これまで被害のなかった地域での冠水や浸水被害が多く発生しています。購入者の立場に立つと、購入を検討している物件に浸水被害があるか否かは、購入を決定するための重要な判断要素になるでしょう。一方で、本設例のように、敷地に浸水被害が発生したとしても、当然には土地の「隠れた瑕疵」と判断されない場合もあり、また、水害履歴に関する仲介業者の調査説明義務も、具体的事情のもとでは当然に生じるものではないと考えられています。
現在は、行政のホームページで浸水ハザードマップなど、一定の情報を入手することができますので、浸水被害が心配される物件においては、仲介業者や売主に対してより詳細な調査を依頼し、十分に納得した上で物件購入を決定することが、トラブル防止のために重要となるでしょう。