不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
高齢者用ケア付き分譲マンションに関するトラブル
【Q】
私は、昨年、売主A社の分譲する高齢者用ケア付きマンションの一室を(以下「本件マンション」)を購入し、入居しました。本件マンションは、売主A社のグループ会社(B社)が提供するケアサービス(施設の維持・管理、保健衛生、食事、生活援助、介護、余暇活動等)を受けることを目的として分譲されるため、B社とケアサービス契約を締結することが本件マンションの売買契約上の必須条件となっていました。そのため、私は、売主A社との本件マンション売買契約に加えて、B社との間で、同売買契約書と一体化して記載されたケアサービス契約を締結し、本件マンションを購入しました。B社とのケアサービス契約では、常駐する職員によって24時間生活支援サービスが受けられることが内容となっていました。しかし、入居後しばらくすると、職員の人手不足により十分な生活支援サービスを受けられなくなりました。十分な生活支援サービスが受けられないのであれば、本件マンションに入居した意味がありません。
B社の提供する生活支援サービスが不十分なことを理由として、A社との間の本件マンション売買契約を解除することができるでしょうか。
【回答】
あなたは、売主A社との「本件マンション売買契約」とB社との「ケアサービス契約」を同時に締結しましたが、B社が「ケア契約」通りの生活支援サービスを提供せず、「ケアサービス契約」上の債務不履行に該当する場合には、B社との「ケアサービス契約」を解除することができます。その場合、売主A社との「本件マンション売買契約」も解除できるかが問題となります。一般的には、「本件マンション売買契約」と「ケアサービス契約」は、当事者や目的が異なる別個の契約ですので、一方の契約の債務不履行を理由に他方の契約を解除することは当然には認められません。しかし、「本件マンション売買契約」は、B社との「ケアサービス契約」の締結を必須条件とする密接な関連性が認められます。このような場合には、「ケアサービス契約」上の債務不履行を理由として、「本件マンション売買契約」を解除することが認められる場合があります。
【解説】
1.高齢者用ケア付きマンション
近年、高齢化社会の加速に伴い、高齢者を対象とした介護や生活援助等のケアサービス付き住居が多く流通しています。これらの高齢者用ケア付き住居には、優先的に施設を利用する権利(債権的権利)を設定する「利用権」形式のものと区分所有権を取得する「分譲形式」のものとがあります。
本件事例のように「分譲形式」の高齢者用ケア付きマンションの売買契約では、介護や生活援助等のケアサービスを受けながら居住することを目的としたマンション分譲のため、ケアサービスの運営主体との「ケアサービス契約」締結が売買契約の必須条件とされています。この場合、「マンションの売買契約」と「ケアサービス契約」が同時に締結されます。なお、ケアサービスを提供する運営主体は、ケア付きマンションの売主自体である場合もあれば、売主の系列会社や外部委託先の場合もあります。
2.ケア付きマンション売買契約の解除の可否
(1)「ケアサービス契約」の解除
あなたは、本件高齢者用ケア付きマンションにおいて、B社の提供するケアサービスに問題があり、十分なケアサービスを受けられない事態に陥った場合、「ケアサービス契約」上の債務不履行を理由として「ケアサービス契約」を解除することができます(民法541条)。
(2)「マンションの売買契約」の解除
あなたの「ケアサービス契約」の解除の結果、あなたは、本件のマンションにおいてケアサービスが受けられない状態になり、本件マンションを購入した目的が達成されない状況と言えます。そうした状況の場合、あなたは、「本件マンション売買契約」を解除することができるでしょうか。
本来、「ケア付きマンション売買契約」と「ケアサービス契約」は、契約当事者及び目的を異にする全く別個独立の契約です。従って、「ケアサービス契約」上の債務不履行は、「ケア付きマンション売買契約」の債務不履行とは言えず、当然には、「ケア付きマンション売買契約」の解除事由には該当しません。
しかし、本件「ケア付きマンション売買契約」は、介護や生活援助等のケアサービスを受けながら居住することを目的としたマンション売買であることから、同時に「ケアサービス契約」の締結を必須条件としているので、両契約は極めて密接な関連性があると考えることができます。こうした両契約に極めて密接な関連性が存在する場合には、「ケアサービス契約」の債務不履行が、「ケア付きマンション売買契約」の債務不履行と評価することが可能とも考えられます。その場合には、「ケア付きマンション売買契約」の解除も可能となります。
(3)この点につき、東京高裁平成10年7月29日判決では、後記のような事情のもとにおいては、「ケア付きマンション売買契約」と「ライフケア契約」(本稿でいう「ケアサービス契約」と同義)との間に相互に密接な関連性が認められる場合には、「ライフケア契約」上の債務不履行を理由として「ケア付きマンション売買契約」を解除し得る場合があり得ると判断しています。なお、同裁判例では、確かにケアサービスにおいて配慮に不十分な点は認められるが、「ライフケア契約」上の債務不履行があったとまではいえないとして、結果として、「ケア付きマンション売買契約」の法定解除権の行使を否定する判断をしています。
【東京高裁平成10年7月29日判決】
本件マンション売買契約とライフケア契約(売主の系列会社が運営主体)とは「形式上は契約当事者も異なる別個の契約となっている」が、マンション売買契約書の冒頭には、「ライフケアを目的として分譲するもの」であり、「ライフケア契約とマンション売買契約を一体化した契約書とする」旨の記載があり、「本件マンションの購入者はC社との間でライフケア契約を締結してライフケアメンバーとなることが売買契約上の必須の内容となっており」「区分所有権の得喪とライフケア契約のメンバーとなることは密接に関連付けられ」ており、さらにおよそライフケアサービスの内容とされる各種サービスの提供を抜きにしては、「本件マンションの所有権取得の目的を達成することができない関係にある」といえる。したがって、このような場合には「ライフケア契約の債務不履行を理由としてライフケア契約と併せて本件マンション売買契約についても法定解除権を行使し得る」。
また、最高裁平成8年11月12日判決は、売主が運営するスポーツクラブの会員権契約が付随するリゾートマンションの売買契約において、スポーツ施設の設置の債務不履行を理由にリゾートマンションの売買契約の解除が問題となった事案において、下記のような判断を行っています。
【最高裁平成8年11月12日】
「スポーツクラブの会員権契約が、リゾートマンションの売買契約の単なる付随的義務ではなく要素たる債務の一部であった場合には、リゾートマンションの売買契約とスポーツクラブの会員権契約の目的が相互に密接に関連付けられて、社会通念上、一方の契約が履行されただけでは、契約を締結した目的が全体として達成されないと認められる場合には、一方の契約の債務不履行を理由として他方の契約の法定解除をすることができるものと解するのが相当である。」
3.まとめ
高齢者用ケア付きマンションでは、本件事例のように、複数の契約関係によって、介護や生活援助等のサービスを受けながら居住するという目的が成り立っており、一方の債務不履行が他方の契約目的の達成に大きく影響する場合があります。前記の裁判例では、ケアサービスの運営主体が売主の系列会社であるという事情のもとでの判断であり、ケア付きマンションの売主とケアサービス運営主体とが全くの別法人である場合には、同裁判例の判断とは異なる判断がされる可能性も考えられます。高齢者用ケア付きマンションの購入に際しては、複数の契約関係がどのように影響しあうのか、どのような場合に契約を解除しうるのか、契約書において明確にするとともに、慎重に判断することが必要となります。