不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
土壌汚染に伴うトラブル
【Q】
私は、数年前に、分譲マンションを建設する目的で売主Aが経営していた工場跡地(本件土地)を購入しました。その後、マンション建設計画は一時止まっていましたが、令和2年6月になり、マンション建設に向けて本件土地の土壌調査を行ったところ、最近の法令上の規制基準値を超える有害物質が検出され土壌汚染が生じていることが判明しました。私は、土地所有者として、この有害物質の除去に多額の費用を負担しました。
私は、売主Aに対し、本件土地に土壌汚染が生じていることを伝え、売主Aの「瑕疵担保責任」として私が負担した有害物質の除去に要した費用を損害賠償として支払うよう請求しました。しかし、売主Aは、「本件の売買契約は、事前の土壌調査を行わずに締結し、本件土地に土壌汚染が存在しないことを前提にした売買ではない。しかも、本件土地の有害物質の含有量は、最近の規制基準値を超えているが、売買契約締結当時は一般的に有害物質と認識されておらず、法令上の規制対象とされていなかったのであるから、有害物質の除去に要した費用を支払う責任はない」と主張しています。
私は、売主Aに対して、瑕疵担保責任に基づき有害物質の除去に要した費用を請求することができるでしょうか。
【回答】
売買契約締結当時はその有害性が認識されておらず、法令上の規制対象とはなっていなかったが、有害物質に関する法令上の規制が本件売買契約締結後に厳しく改定された結果、本件土地が現在の法令上の基準値を超える有害物質により汚染されていると判断される場合には、本件土地に「瑕疵」は存在せず、あなたは、瑕疵担保責任に基づき売主Aに対しこの有害物質の除去費用を請求することは難しいと考えられます。なお、本件土地の売買契約の締結は、改正民法の施行(令和2年4月1日)より数年前と考えられます。その場合、本件土地の売買契約に関する売主Aの責任の問題には、旧民法の規定が適用されます。従って、現行法の「契約不適合責任」ではなく「瑕疵担保責任」の問題として考えてください。
【解説】
1.土壌汚染と土壌汚染対策法
(1)土地の土壌中には、工場等の産業活動に伴い土壌に残置される等の人為的要因や地質等の自然的要因により人の健康に有害な影響を与えると思料される有害物質(法律等で指定する物質)が含まれることがあります。土壌に存在する有害物質の含有量が法令上の規制基準値を超えている場合には土壌汚染が生じていると考えることができます。土壌汚染された土地の使用によって人体への影響が懸念される場合、土地所有者は、有害物質による汚染の除去等の措置を行う必要が生じます。
(2)土壌汚染対策法では、有害物質特定施設を廃止した等の場合に、その土地の所有者等に対し、土壌汚染の状態について、指定調査機関による調査、及び、知事への報告を義務づけており、知事は、土壌の汚染状態が基準に適合していない区域を指定区域として指定・公示し台帳に記載し閲覧に供します。また、知事は、土壌汚染された土地が人の健康を害する危険性(おそれ)があると判断した場合に、その土地の所有者に対し汚染の除去等の措置を命じることがあります。
2.本件土地の汚染状態
(1)本件土地には、現在の規制基準値を超える有害物質が含まれた土壌汚染が生じています。土壌汚染された土地を汚染除去せずに分譲マンションの建設用地として利用した場合、人の健康に有害な影響を与える可能性があるため、本件土地は、マンション建設用地としての品質・性能に適合していない土地であると評価される可能性があります。
従って、本件土地の売買契約が現在の規制基準値が適用される時点で行われた場合には、売主Aには、「瑕疵担保責任」(現行法の「契約不適合責任」)が生じる可能性があります。この場合、売主Aは、あなたの負担した汚染除去の費用を支払う責任があると考えることができます。
(2)しかし、数年前の売買契約締結時点では、本件土地に含まれる有害物質は、一般的に有害物質として認識されておらず、法令上の規制対象とはなっていなかったのであるから、必ずしも、人の健康に有害な影響を与える可能性があるとは評価できません。従って、数年前の売買契約締結時点では、本件土地は、必ずしも、マンション建設用地としての品質・性能に適合していない土地とまでは評価することができません。この場合、売主Aが、本件土地の「隠れた瑕疵」がある場合の「瑕疵担保責任」を負担する可能性は低いと考えられ、売主Aは、あなたの負担した汚染除去の費用を支払う責任がないと考えることができます。
(3)結局、本件土地の売買契約の売主Aの責任の有無は、本件土地の品質・性能の評価を、売買契約締結時点で行うか、現在の時点で行うかの問題となります。この点につき、有害物質がフッ素であった事案の判例(最判平成22年6月1日)では、「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念を斟酌して判断すべき」としました。また、「当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康にかかる被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったフッ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれないことが予定されていたものとみることができず」、「瑕疵」には当たらないとし、売主の瑕疵担保責任を否定しました。
(4)この判例の考え方を前提に本件の売主Aの責任の問題を考えてみると、前記(2)記載のように、売買契約締結時点を基準に判断すると、本件土地は土壌汚染が生じているとはいえず、本件土地の有害物質の存在は「瑕疵」とは評価できず、売主Aに「瑕疵担保責任」はないので、あなたが負担した汚染除去の費用の支払い義務はないと考えられます。売主Aに対して除染費用の賠償請求をすることは難しいと考えられます。
3.まとめ
平成15年に土壌汚染対策法が施行され、土壌汚染を生じさせる有害物質を指定し、その後、その対象物質を拡張しました。同法は、平成29年に改正され平成30年から平成31年にかけて段階的に施行されました。平成29年の改正法では、土壌汚染調査の実施対象地が拡大される等の変更が行われています。これらの動きを機に不動産取引においても土壌汚染への関心が高まり、売買契約に際して事前に土壌汚染調査が行われることが増えてきました。しかし、本件ケースのように、売買契約後に土壌汚染調査を行った場合、有害物質の規制基準値の改定にともない土壌汚染の判断に違いが生じ紛争となる場合が予測されます。また、今後の法改正等により調査対象・調査方法等が変更される可能性もあることから、土壌汚染調査は、売買契約締結の事前に行い、売買契約条項には売買契約締結後の事情の変化に対応可能な契約条項を盛り込み、あらかじめトラブルを予防することが必要と考えます。