不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
不動産取引におけるIT活用・デジタル化(電子書面の提供・押印廃止)
【Q】
私は、居住地から遠方にある不動産の購入を予定しています。仕事の都合上、売買契約等の手続きのために度々現地へ行くことが難しい状況です。近年、不動産取引においても、法改正等により、ITを活用した契約手続きの導入が進んでいると聞きました。法改正によって、遠隔地での不動産購入手続きがどのように変わるのでしょうか?
【回答】
令和3年5月に公布された「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」を受け、宅地建物取引業法では、重要事項説明書等への宅地建物取引士の押印廃止や、重要事項説明書、契約締結時書面、媒介契約締結時書面等の書面の電磁的方法による提供を可能とする改正規定が令和4年5月18日から一部施行されます。これらの改正規定の活用により、遠隔地間での不動産取引がより活発に行われることが期待されます。
【解説】
1 従来の不動産取引における手続き
(1)従来、私たちが不動産を購入するに際しては、主に、①現地案内(媒介業者と共に現地を訪れ、物件の状況・周辺環境等を直接確認する)、②媒介業者との媒介契約締結、③宅建業者による重要事項説明(宅地建物取引士による対面での説明、宅地建物取引士証の提示、宅地建物取引士の記名・押印、重要事項説明書の交付)、④売買契約締結、⑤売買契約締結後の書面交付(宅地建物取引士の記名・押印)⑥物件の引渡し・決済・登記手続き、という流れで手続きが取れられていました。
(2)不動産売買では、売買価格が高額であり、契約内容も複雑・多岐にわたるため、一般消費者が契約内容を十分に理解した上で売買契約を締結できるよう、③宅地建物取引士が記名・押印した重要事項説明書を交付し、宅地建物取引士が対面により重要事項説明を行うこと、又、⑤売買契約後に売買契約内容を記載し宅地建物取引士が記名・押印した書面(37条書面)を交付すること、が宅建業法上義務付けられています。
2 不動産取引におけるIT活用・デジタル化
(1)上記の通り、不動産取引では対面での重要事項説明や各書面への記名押印等の厳格な手続きが義務づけられているため、ITを活用した契約手続きを導入することが難しい側面がありました。
しかし、様々な業界でのIT活用・デジタル化の流れを受け、近年、不動産取引においても、IT活用・デジタル化の動きが進んでいます。不動産取引においても、以前より、パソコンやスマートフォン等を活用した映像と音声による物件内見が実施されてきましたが、新型コロナウィルス拡大により、オンライン物件内見の需要がさらに拡大しました。
(2)IT重要事項説明
また、これまで宅地建物取引士が対面で行ってきた重要事項説明についても、賃貸契約(2017年より)・売買契約(2021年より)の両契約において、テレビ会議等のITを利用したIT重要事項説明が実施されています。
現在行われているIT重要事項説明は、契約当事者の承諾のもと、あらかじめ重要事項説明書を送付の上、パソコン等の端末画像を利用して、宅地建物取引士が遠隔地から重要事項説明を行うことで、対面での重要事項説明を行ったものと同様に扱われます。後記(3)の通り、改正宅建業法の施行後は(令和4年5月18日)、重要事項説明書の事前送付ではなく、電子書面の電磁的方法による提供が可能となります。
(3)宅地建物取引士の押印廃止・電子書面の提供
令和3年5月に公布された「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」(以下「デジタル社会形成整備法」)では、押印を求める行政手続・民間手続について、その押印を不要とするとともに、民間手続における書面交付等について電磁的方法により行うことなどを可能とする見直しが行われました。
これを受け、宅建業法が改正され、前記(1)の通り、これまで宅地建物取引士による記名押印が必要とされてきた重要事項説明書・契約締結後の書面(37条書面)について、宅地建物取引士の押印が廃止されました。また、重要事項説明書、契約締結後書面、媒介契約締結時書面等の書面の電磁的方法(電子メールやダウンロード形式等)による提供も可能となります。これらの改正規定は、令和4年5月18日から施行されます。
(4)本件、設問のケースにおいても、改正法施行後においては、IT重要事項説明・重要事項説明書等の電磁的方法による提供を利用した不動産売買契約を締結することが可能となります。
もっとも、物件の詳細な情報(設備・内装・劣化状況・周辺環境等)に関しては、パソコン等による映像・音声で認識できうることに限界があるため、トラブル防止の観点から、一度は現地に出向いて物件を直接確認することが必要となるでしょう。
3 まとめ
新型コロナウィルスの拡大を契機として、不動産取引におけるIT活用・デジタル化の需要がさらに加速しています。IT重要事項説明や重要事項説明書等の電磁的方法による提供により、利用者にとっても移動の負担・時間・費用の軽減等の大きなメリットがあります。一方で、パソコン等の情報端末の扱いに慣れていない高齢者等にとっては、IT活用によって、これまでの対面での重要事項説明・契約締結の場で可能となっていた、様々な質疑応答や柔軟な対応が欠如し、これが契約内容の理解不足とならないように、十分に留意する必要があるでしょう。