

不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
弁済業務保証金制度
【Q】
私は、昨年に売主業者A(宅地建物取引業保証協会の社員)から建売住宅を購入しましたが、耐震壁の不足等の欠陥が存在することが発覚しました。私は、Aに対して、契約不適合責任に基づく損害賠償請求訴訟を提起した結果、Aが私に700万円の損害賠償金を支払う旨の裁判上の和解が成立しました。しかし、その後、Aは、経営難により清算手続きに入っており、Aから損害賠償金の支払いを受けることが不可能な状況です。私は、Aからの損害賠償金の支払いを諦めざるを得ないのでしょうか。
【回答】
Aが700万円の損害賠償金を支払うとの裁判上の和解が、本件の建売住宅の売買契約のもとで合理性のある和解内容である場合には、Aに対し700万円の支払いを求める債権は宅建業法64条の8の「その取引により生じた債権」(宅地建物取引により生じた債権)に該当すると考えられます。従って、あなたは、Aが社員となっている宅地建物取引業保証協会に対し弁済業務保証金による弁済保証の履行を求める認証申出を行い、認証を受けた範囲内の金額について弁済業務保証金による弁済保証を受けることが出来ると考えられます。
1 営業保証金制度・弁済業務保証金制度
(1) 宅建業法は、宅建業者と宅地建物取引を行った相手方が、宅建業者に対し宅地建物取引により生じた債権の弁済を受ける権利の保証制度として、営業保証金制度及び弁済業務保証金制度を設けています。
ア 営業保証金
宅建業の免許を受けた宅建業者は、事業開始に先立ち、主たる事務所の最寄りの供託所に、主たる事務所につき1,000万円、その他の事務所につき各500万円の割合による営業保証金を供託する義務を負っています(宅建業法25条)。
宅建業者と宅地建物取引を行った相手方が、その取引に伴い、宅建業者に対し損害賠償などの請求債権を有する場合があります。通常であれば、宅建業者は、相手方に対し、自らの負担においてその債権の弁済を行いますが、万一、宅建業者が弁済を行わない場合、相手方は、供託所に対し、その宅建業者の営業保証金の払渡請求を行い、その営業保証金の範囲内で還付を受けることができます。
なお、その宅建業者に関する営業保証金の払渡請求が競合した場合、営業保証金の範囲内で、払渡請求の順番に従い順次還付が行われます。その結果、還付の額が営業保証金額に達した場合には、後順位の払渡請求者は還付を受けることができません。
イ 弁済業務保証金
前記アの営業保証金の供託金は、中小の宅建業者にとって負担が厳しい場合があり、そうした宅建業者の負担を軽減しつつ、宅建業者の取引の相手方に対し営業保証金と同様の保護を受けることができる制度として弁済業務保証金制度が設けられています。
弁済業務保証金制度では、宅建業者が宅地建物取引業保証協会に加入し、主たる事務所につき60万円、その他の事務所につき各30万円の弁済業務保証金分担金を納付した場合には、同保証協会が、代わりに、供託所に宅建業者から納付を受けた弁済業務保証金分担金に相当する額を弁済業務保証金として供託します(宅建業法64条の7)。その結果、宅建業者の前記アの営業保証金供託義務が免除されます。
同保証協会の社員である宅建業者と宅地建物取引を行った相手方が、その宅建業者に対し宅地建物取引に伴い損害賠償等の請求債権を有する場合があります。通常は、宅建業者が自らの負担で相手方に弁済しますが、万一、弁済を受けられない場合には、相手方は、同保証協会に対して、弁済業務保証金による弁済保証を求め、弁済保証額の認証の申出を行い、認証を受けた額の範囲内で弁済業務保証金から弁済保証を受けることができます。
この場合、弁済保証額の認証は、その宅建業者が本来前記アにより供託すべき営業保証金額に相当する額を上限とし、相手方の請求債権額に応じて認証されます。従って、その宅建業者に関する認証申出が競合する場合には、認証申出の順番に従い、供託すべき営業保証金額に相当する額の範囲内で請求債権額に応じて認証されます。認証額が営業保証金額に相当する額に達した場合には、後順位の認証申出者は認証が受けられません。なお、宅建業者が相手方として認証申出を行っている場合には、宅建業者以外の相手方の認証申出が優先されます。
同保証協会に認証の申出を行い、認証審査が行われた結果、認証を拒否する判断がなされた場合、認証申出を行った者は、同保証協会を相手として認証請求訴訟を提起することができます。
(2) 宅建業者の取引の相手方が、営業保証金制度や弁済業務保証金制度に基づき支払いを受けることができる債権は、宅建業者に対する「宅地建物取引に基づき生じた債権」に限定されます(宅建業法27条、64条の8)。その他の理由に基づく債権には利用できません。
裁判例等では「その取引により生じた債権」とは、「宅地建物取引業に関する取引を原因としてこれと相当因果関係を有する債権」とし宅地建物の売買契約による売買代金債権に限られず、手付等の返還請求権、契約締結段階の勧誘行為等の宅建業者の不法行為による損害賠償債権や、契約成立後の債務不履行による損害賠償請求権等も含まれると考えられています。
2 裁判例
東京地裁平成20年5月29日判決では、本件設例と同様の事案において、宅地建物取引業保証協会の社員である売主業者が裁判上の和解において認めた700万円の損害賠償債務について、同保証協会が認証を拒否したため、買主が、同保証協会に対して、認証請求訴訟を提起した裁判において、同保証協会は、「裁判上の和解内容には合理性がない」又「保証協会の認証の判断は裁判上の和解に拘束されない」として争いましたが、裁判所は、「建物の瑕疵に基づく損害が、優に700万円を超えるものと認められるから、和解内容は合理性を欠くものではない」として、「和解内容には合理性がない」又、「保証協会の認証の判断は裁判上の和解に拘束されない」との主張を否定して認証を認める判決をしています。
3 まとめ
保証協会の認証の審査は、通常、認証申出人や関係者からの聞き取りや提出された関係資料の分析を慎重に行い委員会において合議の上、取引実務の経験を基に慎重かつ適切な判断を行っています。ところで、裁判上の和解による内容は、双方当事者の互譲によるため、合意された債権債務の内容・金額は、提出書証等に基づく判決による債権債務の存否や認容金額と比較すると異なる場合が認められます。そのため、同保証協会は、認証に際し、独自の聞き取り調査や提出資料に基づく取引実務の経験に基づいて和解内容は不合理な内容であると判断して認証を拒否したものと考えられます。しかし、判決は、和解内容の合理性の判断に際し、取引した建物の欠陥性に関する損害の多寡を考慮して和解内容の合理性を認めたものであり、今後の保証協会の認証の審査の判断においても参考になります。