不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
吹付けアスベストと建物所有者兼賃貸人の工作物責任
【Q】
築数十年の店舗用テナント建物の購入を検討しています。知人から、「古い建物は事前にアスベスト調査をした方がよい」と聞きました。本件建物にアスベスト建材が使用されている場合、建物所有者がテナントに対して、法的責任を負うことがあるのでしょうか。
【回答】
本件建物に使用されたアスベスト建材からアスベスト粉塵が飛散したことを原因として、テナント賃借人に健康被害が生じた場合、本件建物の「設置または保存の瑕疵」が認められる場合には、建物所有者兼賃貸人が工作物責任を負う可能性が考えられます。
1 アスベストとは
(1)アスベスト(石綿)は、天然の鉱物繊維で、耐熱性、耐摩擦性、耐久性等に優れ、丈夫で変化しにくい特性から、過去の長年に亘り、建築建材や断熱材等の工業製品に使用されてきました。しかし、アスベストは、空気中に浮遊するアスベストを吸引すると、長期間の潜伏期間を経て、肺がんや中皮腫等を発症する発がん性が問題となり、現在は、原則、製造・使用が禁止されています。
(2)前記の通り、現在、アスベスト建材の使用は禁止されていますが、使用が認められていた時期に建築された建物には、アスベスト建材が残存しています。天井裏や壁の内部に使用されたアスベストは、通常の使用では室内に飛散する可能性は低いと考えられていますが、建物の劣化や解体等を通じてアスベストが飛散し、吸引する危険性があるため、労働安全衛生法等の法令によって、事業者や元請業者等に対して、アスベスト飛散防止対策を義務付けています。
したがって、アスベスト建材の使用された建物の所有者は、当該建物を使用する者の健康を害することのないように、必要な安全対策を講じる義務が生じると考えられています。
2 工作物責任
(1)裁判例(大阪高裁平成26年2月27日判決)では、鉄道高架下に所在し、壁面に吹き付けアスベストが露出している店舗建物の賃借人の従業員として、同建物で昭和45年から平成14年まで勤務していた者が、勤務中にアスベスト粉塵にばく露したことにより、悪性胸膜中皮腫に罹患した事案において、同建物の所有者兼賃貸人の工作物責任の有無が争われました。
(2)工作物責任とは、「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」によって他人に損害を与えた場合に、第一次的に、工作物の「占有者」が損害賠償責任を負い、占有者が損害発生防止のために必要な注意を果たしていた場合には「所有者」が損害賠償責任を負う責任をいいます。
工作物責任の要件である「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」とは、「当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていること」をいい、上記裁判では、吹付けアスベストが露出している建物がどの時点をもって「通常有すべき安全性を欠いている」と評価できるかが問題となりました。
(3)同判決では、昭和62年中に全国紙が相次いで吹付けアスベストばく露の危険性を報道し、これに応じて各地で吹付けアスベストの除去工事が行われるようになったこと、同年11月に建設省が建築基準法令の耐火構造の指定から吹付けアスベストを削除したこと、昭和63年2月に環境庁・厚労省が都道府県に対して、吹付けアスベストの危険性を公式に認め、建物所有者への指導を求める通知を発したこと等の事情の下では「昭和63年2月頃には、建築物の吹付けアスベストのばく露による健康被害の危険性及びアスベストの除去等の対策の必要性が広く世間一般に認識されるようになり、同時点で、本件建物は通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった」と判断しました。
(4)また、同判決では、工作物責任の「占有者」とは、「被害者に対する関係で管理支配すべき地位にある者をいう」とし、同建物の所有者兼賃貸人(当時の)が、鉄道高架下に存在する特殊物件の賃貸借契約において、管理上必要があるときに本件建物に立ち入り、必要な措置をとる権限を認められていたこと、一方、同建物の維持管理に必要な修繕義務を負っていいたこと等のもとでは、建物の所有者兼賃貸人が「占有者」に当たるとして、同建物の所有者兼賃貸人の工作物責任を認めました。
3 まとめ
前記判決の通り、吹付けアスベストが使用された建物の賃借人(従業員)の健康被害について、建物所有者兼賃貸人に工作物責任が認められる場合があります。工作物責任は、「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」が認められる場合に、工作物の占有者(第一次責任)・所有者(第二次責任)が、同瑕疵に基づく被害者に対する賠償責任を負います。特に、工作物の所有者は、無過失責任(故意・過失に関わらず)と考えられており、非常に重い責任を負う立場です。
アスベスト建材の使用がされていた時期の建物を購入する際には、アスベストの事前調査を行い、その後、建物を解体するのか、使用を継続するかに応じて、必要な安全対策を講じる必要があります。また、アスベスト建材の有無にかかわらず、老朽化した建物には、様々な部分の劣化が想定され、それに基づく工作物責任が生じる可能性も考えられます。老朽化した建物の購入に際しては、その安全性について事前調査を行った上で購入を検討する必要があります。