不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
相続財産の売却に関するトラブル
【Q】
私の父Aが昨年8月に他界し、遺言により、父の所有していた賃貸ビルと敷地を私が相続し、預貯金を姉Bが相続することになりました。私は、相続した賃貸ビルと敷地の売却を検討していますが、姉Bが父の遺言内容に異議をとなえ私に対し遺留分減殺請求権を理由に、遺留分侵害額相当の共有持分を有していると述べて賃貸ビルの処分方針をめぐり意見が衝突しています。姉Bが遺留分減殺請求を主張する以上、賃貸ビルと敷地は私と姉Bの共有となることは避けられないのでしょうか。私は、賃貸ビル及び敷地の売却を単独で決めることはできないのでしょうか。
【回答】
本事例では、亡父Aの死亡、従って、遺言の効力発生時期が2019年8月ですので、同年7月1日に施行された改正相続法が適用され、姉Bの主張する遺留分に関する権利は、遺留分侵害額相当の金銭請求権となりました(民1046条1項)。従って、あなたは、姉B対して、姉B遺留分侵害額に応じた金銭支払い義務を負いますが、賃貸ビルは、遺言の効力発生と同時にあなたの単独所有となり、姉Bとの共有状態になることはありません。その結果、あなたは、単独で賃貸ビル及びその敷地の売却を行うことができます。
なお、仮に、亡父Aの死亡の時期が2019年7月1日より前であった場合には、旧法が適用され、姉Bは、遺留分減殺請求権に基づき、全ての相続財産について、遺留分侵害に応じた持分を主張することができ、賃貸ビル及び敷地についても、原則として、あなたと姉Bの共有状態になります。その結果、賃貸ビル及びその敷地の売却は、共有物の処分ですので、共有者の全員の同意が必要となります(民251条)。従って、あなたは、姉Bと協議する必要があります。
【解説】
1.遺留分制度
遺留分制度とは、被相続人(亡父A)の兄弟姉妹以外の相続人(あなた及び姉B)及びその承継人は、相続人の生活保障や被相続人の遺産形成に貢献した潜在的持分の清算の観点から、被相続人が有していた相続財産(但し、死亡時の遺産、並びに、死亡の1年前までの贈与額、及び、死亡の10年前までの相続人に対する婚姻若しくは養子縁組のため、又は生計の資本として贈与された価額を合算)について、その一定割合(相続人が直系尊属のみの場合には三分の一、それ以外の場合には二分の一)の財産額に各人の法定相続分を乗じて算出した財産額を遺留分として承継することができる制度です。従って、遺留分が侵害されている場合、遺留分を侵害している者(受遺者、受贈者)に対し、侵害額相当の金員の支払い請求(遺留分侵害額請求)をすることができます。なお、受遺者等は、遺贈、又は、贈与の目的の価額(相続人の場合は、自分の遺留分額を控除した残額)の限度で負担します。(民1042条、1043条、1044条、1046条、1047条)。
遺留分を侵害された者(遺留分権利者)は、相続の開始、及び、遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知ってから1年以内に遺留分減殺請求を行う必要があります。その期間が過ぎると時効により消滅します。又、相続開始から10年が経過した場合も同様です(民1048条)。遺留分権利者が、遺留分侵害額請求を行うと、たとえ被相続人が遺留分を侵害する内容の遺言を行っていた場合でも、遺留分侵害の限度で遺言内容が修正される結果となります。
なお、遺留分権利者は、相続発生後には、遺留分を自由に放棄できますが、相続開始前においても、家庭裁判所の許可を得て事前放棄ができます(民1049条)。
2.相続法の改正
遺留分を含む相続に関する民法の改正法が2018年7月に成立し、規定ごとに段階的に施行されています。遺留分に関する改正法は2019年7月1日から施行されており、同年月日以降に発生した相続に適用されます。
旧法では、遺留分権利者には遺留分減殺請求権という物権的請求権が認められ、遺留分減殺請求権の行使により、遺留分を侵害する贈与や遺贈は侵害された限度で失効し、贈与や遺贈が未履行の場合には、履行義務を免れ、既に履行しているときは、遺留分に応じた返還請求をすることができると解されていました。
このように、旧法下では、遺留分権利者は、遺留分減殺請求権を行使することで、相続財産に対して遺留分割合に応じた持分を取得することになるため、相続財産の共有状態が生じ、事業承継に支障が生じるケースや共有持分の処分をめぐり相続人間の紛争が生じる等の問題がありました(旧法下においても価額賠償は認められていましたが)。
そこで、改正相続法においては、被相続人の遺志を尊重し、不要な紛争を防止する観点から、遺留分権利者の請求権として遺留分侵害額に相当する金銭の支払い請求権のみを認めることにしました。これにより、遺留分権利者には、受遺者等に対する遺留分侵害額に相当する金銭債権が発生しますが、相続財産の共有関係が生じる事態は回避され、一人の相続人に事業承継させたいという被相続人の遺志が尊重され、複雑な共有関係をめぐる紛争も回避されることが期待されます。遺留分侵害額の請求をされた受遺者等が、直ちに金銭の支払いを行うことが困難な場合には、受遺者等の請求により、裁判所は支払いにつき相当の期限の猶予を与えることが認められます(民1047条5項)。
3.本事例のケース
本事例のケースでは、亡父Aの相続は2019年7月1日以降に発生し、改正相続法が適用されると考えられます。従って、姉Bの行使する遺留分は金銭債権であるため、相続した賃貸ビルはあなたの単独相続となり、共有状態となる心配は原則としてありません。しかし、遺留分侵害額に応じた金銭債務の支払いを履行する必要があります。
いずれにしても、あなたは、本件の賃貸ビル及び敷地について、あなたの単独相続の登記を行った上で、問題なく売却を行うことができるでしょう。但し、あなたが、姉Bに対し遺留分侵害額に応じた金銭債務の支払いを履行せず、又、履行しようとしない場合には、姉Bは、本件の賃貸ビル及び敷地に仮差押を行うなどの対応策を行う場合も想定されます。その場合には、売却が円滑に進行できなくなりますので、金銭支払いを誠実に行ってください。
4.まとめ
本事例のように、相続に備えて遺言書を作成しても、その内容が遺留分を侵害する内容の場合には、相続開始の時期如何により、相続財産の共有状態が生じたり、金銭支払い義務の不履行に伴う相続人間の紛争に発展する場合があります。遺言を作成する際には、相続人間の事情を勘案し、遺留分に配慮した遺言内容とすることが大切です。