不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
相続財産への仮差押え登記と売買に関するトラブル
【Q】
昨年(2020年)の2月に父Aが他界しました。相続人は私Bと弟Cの二人で、相続財産(土地・預貯金)のうち、「土地は私に、預貯金は弟Cに相続させる」との遺言により、私が土地を単独で相続することになりました。今年に入り、相続した土地の売却に向け、相続登記をしようとしたところ、既に、弟Cの債権者Dが、弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権に対して仮差押登記を行ったことが判明しました。
(1) 債権者Dが行った弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権の仮差押とはどのような効果を有する手続でしょうか。
(2) 私は、債権者Dに対し、私が遺言により土地を単独相続したことを理由に、仮差押登記は無効であるとして、仮差押登記の抹消を請求することができるでしょうか。
(3) 私はこの状態の土地を売却することができるのでしょうか。
【回答】
(1) 債権者Dの弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権の仮差押は、債務者弟Cの責任財産の保全を目的とする裁判上の手続きです。債権者Dは今後、弟Cに対する債務名義(判決など)を取得した後に、土地の弟Cの持分に対し(本)差押を行い競売に付すことができます。
(2) 今回の相続法改正により、あなたは、土地の単独相続の相続登記を備えなければ、遺言により本件土地の単独相続(弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権をも相続)したことを債権者Dに対抗することはできなくなりました。あなたが土地の単独相続登記をしていない以上、弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権に対する仮差押登記は有効となります。仮差押登記を抹消するためには、弟Cに代わり、債務の弁済等をする必要があるでしょう。
(3) あなたは、自分の法定相続分である2分の1の持分権を売却することができますが、弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権については債権者Dの仮差押の効果があるため、仮差押が取り消されない限り、前記(1)の結果となるので、現実には土地全部の売却は難しいでしょう。
【解説】
1.仮差押えとは
(1)仮差押えとは、債権者の申立てにより債務者の責任財産の保全を行う裁判上の手続きです。債権者は、債務者が金銭債務の支払いに応じない場合、裁判を提起する等により債務名義を取得し、強制執行手続きによって債権を回収する必要がありますが、裁判提起から強制執行手続きまでの間に、債務者が責任財産を処分することで債権回収が不能となる恐れがあるため、責任財産を保全する目的の仮差押手続きが認められています。
債権者から仮差押の申し立てを受けた裁判所は、被保全権利(金銭債権)の存在と保全の必要性(強制執行ができなくなるおそれがある場合又は強制執行をするのに著しい困難が生じる恐れがある場合)が認められる場合に、債務者の責任財産に対し仮差押命令を決定し、責任財産が土地の場合には当該土地の管轄登記所に仮差押登記の嘱託を行います。土地に対する仮差押登記がされると、仮差押登記後の土地の売却行為は仮差押債権者には対抗できません。
(2)本件事例では、弟Cの債権者Dが、債権者代位権に基づき、本件土地について共同相続登記をした上で、弟Cの法定相続持分に対して仮差押登記をしたものと考えられます。本件土地を仮差押登記がついたまま売却することは不可能ではありませんが、前記の通り、仮差押登記後の処分行為は、債権者Dに対抗できず、後の強制執行手続きにおいて効力を失う結果となるため、仮差押登記を抹消した上で売却する必要があるでしょう。
2.相続による権利承継と対抗要件
(1)本件事例では、亡父Aの遺言により、あなたは本件土地を単独相続しました。本来、遺言の効力は父Aの逝去により生じ、あなたの単独相続の効果も、父Aの逝去と同時に生じます。したがって、亡父Aの逝去後に債権者Dが行った、本件土地の法定相続分に従った共同相続の登記及び弟Cの法定相続の持分(2分の1)に対する仮差押登記は無効であると主張できるようにも思えます。
一方で、遺言による単独相続を民法177条の対抗問題として考えると、あなたは単独相続の登記を備えなければ、あなたの法定相続分を超える持分の取得を第三者に対抗することはできないとも考えられます。
このような相続による権利承継と対抗要件の問題について、これまで裁判実務では、遺産分割や遺贈による権利取得は登記を備えなければ第三者に対抗することはできないが、一方で、相続分の指定や「相続させる」遺言による権利取得は、登記なくして第三者に対抗できると考えられてきました(最高裁平成14年6月10日判決)。これは、相続分の指定や「相続させる」遺言による権利取得は、相続開始と同時に指定された割合による相続分を取得するため、対抗問題とはならず、登記を備える必要がないとの考えによります。
しかし、このような考えは、相続人はいつまでも登記をせずに自己の権利取得を主張できる一方で、相続の具体的内容について知りうる立場にない第三者の法的安定性が害される結果となり、また、登記制度への信頼も損なわれるとの批判がありました。
そこで、2019年7月1日より施行されている相続法改正により、施行期日以降に生じた相続については、相続分の指定や「相続させる」遺言による権利取得についても、遺産分割や遺贈による権利取得と同様に、相続人は対抗要件を備えなければ、当該相続人の法定相続分を超える持分の取得を第三者に対抗することはできないと改正されました(新899の2第1)。
(2)本件事例は改正相続法施行後の相続であるため、改正相続法が適用され、あなたは、本件土地を単独相続した旨の登記を備えなければ、債権者Dにあなたの法定相続分を超える持分(弟Cの法定相続分にあたる2分の1の持分権)取得を対抗することはできません。したがって、弟Cの法定相続持分に対する仮差押登記は有効であり、債権者Dに対して代位弁済等を行い、仮差押え登記を抹消した上で売却を行う必要があるでしょう。
3.まとめ
旧相続法においては、相続分の指定や「相続させる」遺言による権利取得は登記なくして第三者に対抗できること、また、相続登記が任意であることから、相続が生じても、相続登記がおこなわれず、権利関係が登記に正確に反映されないことが問題とされてきました。しかし、今回の相続法改正により、「相続させる」遺言である場合にも、対抗要件を備えることが必要となりました。また、令和3年4月21日、所有者不明土地の解消に向けた民法・不動産登記法の改正法が成立し、相続登記が義務化されることが決定しました。
今後は相続が生じた場合には、速やかに相続登記を行うことが必要になります。