不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
ローン特約付売買契約の仲介業者の助言・指導義務
不動産売買を行う一般消費者の多くは、不動産売買の経験が少なく、契約内容の理解や契約の履行、住宅ローン手続、登記手続等に不安を感じています。
売買契約後に住宅ローンの申込手続きをしたが、金融機関からの融資が受けられず、債務不履行により契約を解除され、違約金の支払いを請求されるケースもあります。住宅ローンを申込む前提での中古住宅の売買において、どのような点に注意する必要があるでしょうか。
設例
私は、仲介業者の仲介により、売主の住宅(土地建物)を売買代金3000万円で購入する売買契約を締結し、手付金を支払いました。この売買契約では、売買代金のうち500万円を自己資金で、2500万円を住宅ローンの借入れと考えてローン特約(解除権行使型)を付けました。この住宅ローンは、仲介業者の提携先である金融機関から融資を受けるもので、売買契約締結後に、仲介業者が、融資申込手続の全てを代行し、住宅ローン2500万円の融資申込を行い、融資が可能である旨の回答を得ていました。
その後、私の事情から、自己資金500万円を用意することが難くなり、仲介業者に対し、借入額を3000万円に増額する要請を行いました。その後、仲介業者からは、特に連絡もなかったので、私は、借入額3000万円の融資に問題がないものと考えていました。しかし、売買代金決済日の1週間前、私が、金融機関に確認を入れたところ、既に、借入金額3000万円の融資は無理との連絡を仲介業者に伝えていたことが判明しました。
その時点では、既に、ローン特約による解除権の行使期限が過ぎていた為、私は、急遽、他の金融機関からの借入れに奔走しましたが融資が得られませんでした。結局、代金支払期日に売買代金の支払いができず、売主から、私の債務不履行を理由に売買契約を解除され、違約金の請求がされました。私は、違約金を支払い売買契約の解除に応じました。
Q
私は、不動産売買や住宅ローンの借入手続が初めてなので、仲介業者に提携先の金融機関の紹介と住宅ローンの借入申込手続の全てをお願いしたのです。それなのに、こうした事態となったことについて、仲介業者に責任はないのでしょうか。
A
仲介業者にも責任があると考えられます。仲介業者は、あなたの要請に従い、提携先の金融機関に対し住宅ローンの借入申込手続を行なう義務があります。
あなたは仲介業者に対し自己資金500万円を用意することが難くなったため、借入額を3000万円にしたいと増額要請を行っています。
この場合、仲介業者は、あなたに対し、契約時に付したローン特約の2500万円について、金融機関から融資承認を得ている為、ローン特約による解除権は行使できない旨を速やかに報告、他の銀行へ増額できるかを打診し、増額が可能な場合は、売主に対し、速やかに事態を報告し、ローン特約の融資金額の増額、ローン特約による解除権の行使期限の延長を打診、変更契約書を取り交わすように助言・指導し、速やかに住宅ローンの借入申込手続をするべきです。
本件では、あなたが仲介業者に対し借入額を3000万円に増額する要請を行っているにもかかわらず、増額融資が不成立だった報告を怠り、その結果、あなたが債務不履行に陥ったのですから、仲介業者には債務不履行責任があるでしょう。
解説
1.ローン特約条項による解除権
売買契約のローン特約による解除は、買主が予定した融資が受けられない場合、売買契約を無条件で解除できる特約です。本件の場合は解除権行使型のローン特約ですので、ローン解除権の行使期限内にこの解除権を行使しなければなりません。なお、ローン特約条項に関する詳細な説明は、2017年2月号のコラムをご覧ください。
あなたは、売買契約に付したローン特約の融資金額2500万円について、既に金融機関から融資承認を得ている為、ローン特約による解除はできません。その結果、あなたが代金支払日までに売買代金を支払わない場合、あなたの債務不履行となります。売主が売買契約を解除し違約金の請求をした場合、あなたは、それに応じなければなりません。
2.仲介業者の助言・指導義務
仲介業者は、あなたに対し、媒介契約に基づき、物件の探索、物件調査、売買の条件交渉等、売買契約締結に向けて尽力する義務に加え、物件の引渡し、売買代金の授受、登記移転手続等、契約の履行に必要な様々な助言・指導を行う義務を負担しています。
従って、本件の様に、仲介業者が、あなたのローン申込手続の代行を行う場合には、提携先金融機関に対する融資申込手続を迅速に行い、又、あなたに対し適切な時期に融資の審査結果を報告する義務を負担します。更に、ローン解除権の行使期限までに、融資の審査結果が判明している場合には、速やかに、審査結果を報告し、あなたに対し、ローン解除を行うべきか否かを助言・指導する義務があります。又、融資の審査結果が未定の場合には、融資不成立としてローン解除を行うべきか否か、又は、融資の審査結果が確定するまでローン解除権の行使期限の延長を行うべきか否かの助言・指導を行う義務もあります。
本件の場合、仲介業者は、あなたに対し売買契約締結をする前にローン特約の融資金額が金融機関に承認された場合は、ローン特約による解除権が行使できない旨、及び、自己資金500万円の用意が必ずできるのかどうかといった助言・指導を怠っており、その結果、あなたは債務不履行となり、違約金の支払いを余儀なくされたものであり、あなたの損害を賠償する債務不履行責任があるでしょう。
なお、裁判実務でも、仲介業者が買主に金融機関を紹介し住宅ローンの借入申込手続の事実上の交渉窓口として行動していたケースにおいて、仲介業者は、金融機関との間で、融資不承認の場合に買主のローン解除が可能となるよう融資の可否の判断をローン解除期限内に行うよう交渉し又、買主に対しその結果を報告するとともに、その後に必要な手続を助言する義務を負担しているとの裁判例があります(東京地裁平成24年11月7日)。
まとめ
このように、不動産取引の経験が少ない一般消費者の売買契約締結から履行の完了までを円滑に進めるためには、仲介業者は、一般消費者に対し、取引内容や依頼者の属性等に応じて、適切な助言・指導を行うことが必要です。勿論、一般消費者自身も、仲介業者と綿密な連携を取り、これらについて適切な対応を行う必要があります。特に、住宅ローンの利用等の資金計画に関する事項は、売買代金支払い債務の履行の可否に関わるため、ローン承認の実現可能性やローン手続きの進め方について特に注意を払う必要があるでしょう。