不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
目隠し設置請求のトラブル
Q
私は、ある土地を購入し、家族で生活するために3階建ての住居を建築しました。隣地のAさんは、20年以上前から2階建ての家を建てて家族で暮らしています。Aさん宅のリビングは、1階にあり、私の家側を向いて透明で大きな引き違い窓が配置されています。私の購入した土地は従前畑として利用されていたため、Aさんは畑に向かって大きな窓のあるリビングを作ったようです。
私の家の窓で、Aさん宅側を向いた窓は、1階から3階まで合計6箇所あり、各窓からAさん宅との敷地境界線までの距離は95センチです。そのため、Aさんは、建築当初より、私の家の各窓からAさん宅のリビングが丸見えとなってしまうため、全ての窓に目隠しを設置するように要求しています。
私は、家を建築する過程で、Aさんのプライバシーに配慮して間取りや窓の種類を考え、1階のAさん宅側には台所とトイレを、2階には浴室とトイレを、3階には寝室を配置し、窓の種類についても、1階台所と2階浴室の窓は不透明なすりガラス窓に、1階と2階トイレには滑り出し窓を、3階の寝室には小さめの透明な引き違い窓を設置しました。このようにAさんのプライバシーに配慮しているにもかかわらず、建物完成後においても、Aさんの目隠し設置の要求にこたえなければならないのでしょうか。
また、Aさん宅のリビングの窓も敷地境界線から90センチの位置にあります。私の方から、逆に、Aさんに対して目隠し設置要求をすることはできるでしょうか。
A
民法235条は、敷地境界線から1m未満の距離に「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」を設置する者に、目隠しの設置を義務付けています。
あなたの家の各窓が「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当する場合には、目隠しを設置しなければならない可能性があります。
あなたの家の各窓が「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当し、あなたに目隠し設置が義務付けられるかどうかは、窓の位置、構造、部屋の用途、窓の開放時間等の具体的事情を踏まえ、Aさんのプライバシー侵害の度合いとあなたの目隠し設置義務による負担を比較考慮して判断されます。
あなたからAさんへの目隠し設置要求についても、同様に考えられますが、Aさんが先に長年暮らしてきたこと、あなたの家側に向いている、Aさん宅の窓のある部屋がリビングであること等の事情をより重視した判断がなされるでしょう。
解説
1.目隠し設置義務
民法235条は、敷地境界線から1m未満の距離に「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」を設置する者に、目隠しの設置を義務付けています。
これは、所定の至近距離に設置される窓又は縁側から隣地を覗かれることにより害される隣地居住者の私生活上のプライバシーを保護するため、窓又は縁側の設置者に目隠し設置義務を負わせる規定です。
(1)他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側
現在の裁判例では、「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」とは、民法235条の上記趣旨に鑑み、他人の宅地を観望しようと思えば物理的にいつでも観望できる位置・構造の窓をいうと考えられています。
したがって、窓を閉じた状態では外を見通せない不透明なすりガラスであっても、窓を開放すれば隣地を観望することが可能な引き違い窓の場合には、同条の「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当すると考えられています。一方で、窓の下部のみが押し出され、全開することができない構造の滑り出し窓は、意識的に窓の下部から頭を覗き込むなどしない限り隣地を観望することはできないため、「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」には該当しないと考えられています。
このように、敷地境界線から1m未満の距離に設置された窓であっても、窓の位置・構造によっては、「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当しないケースもあります。
また、同条の趣旨が隣地居住者の私生活上のプライバシーを保護するという目的から、「他人の宅地」とは、人が住居として使用する建物の敷地をいい、工場、倉庫、事務所等の建物の敷地は含まれないと考えられています。
あなたの家の窓は、敷地境界線から95センチの位置にあり、目隠し設置義務の発生する1m未満の距離に設置されています。あなたは家を建築する過程で、隣人Aさんに配慮して、一部の窓を不透明なすりガラス窓等に変更したようですが、上記のとおり、全開できる引き違い窓であれば、「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当し、目隠しを設置しなければならない可能性があります。一方で、全開することのできない滑り出し窓の場合には「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当しないと考えられます
(2)権利の濫用
ア.他人の宅地を観望しようと思えば物理的にいつでも観望できる位置・構造の窓であるとして「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」の要件に該当する場合にも、窓の大きさ・窓から観望できる実際の景色・窓のある部屋の使用用途・窓の開放時間等の具体的事情から、現実に隣人のプライバシーが侵害される恐れがほとんどなく、一方で、目隠し設置義務者の負担の方が大きいと判断される場合には、隣人の目隠し設置請求は権利濫用として認められないこともあります。
例えば、窓が隣人宅の屋根より上の位置に設置されており、主に隣人宅の屋根や壁しか見えない場合や、トイレや浴室に設置された小さな窓で、一時的な採光や換気のために1日に1、2時間程度の時間、数センチしか開放されない場合等のように、窓から外を長時間観望することを想定しておらず、隣人のプライバシー侵害の恐れがほとんどないと考えられる場合です。
本件において、あなたの家に設置された各窓のうち、窓の大きさ・窓から観望できる実際の景色・窓のある部屋の使用用途・窓の開放時間等の具体的事情によっては、Aさんのプライバシー侵害はほとんどないと判断され、Aさんの目隠し設置請求は権利濫用として認められない可能性もあります。
イ.一方で、あなたからAさんへの目隠し設置要求についても、上記(1)(2)アと同様の事情を踏まえて判断されます。Aさん宅のリビングの窓は、敷地境界線から90センチの位置に設置され、透明で大きな引き違い窓ということから、形式的には「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」に該当すると考えられます。
しかし、Aさん宅の窓は長時間くつろぐことを予定したリビングの窓である一方で、あなたの家の1階の窓は台所にあり、長時間くつろぐことを想定した部屋とは言い難く、別の部屋にリビングがあること等を考えると、目隠し設置によって受ける不利益は、あなたよりもAさんの方が大きいと考えられます。
また、あなたが家を新築する20年以上前から、Aさんは、隣地に家を建てて生活しており、Aさんが家を建築した当時、あなたの土地は畑として使用されていたために透明で大きな引き違い窓を設置した事情があるようですので、このような、先住関係、土地の利用経過等の事情を踏まえると、あなたの目隠し設置要求は権利濫用として認められない可能性が高いでしょう。
まとめ
敷地境界線から1m以内の位置に「他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側」を設置した場合には、目隠し設置義務を負担する場合があります。しかし、形式的に「他人の宅地を見通すことのできる窓」に該当する場合でも、窓の大きさ・窓から観望できる実際の景色・窓のある部屋の使用用途・窓の開放時間等の様々な具体的事情を踏まえ、隣人のプライバシー侵害の程度と目隠し設置義務者の負担の大きさを比較考慮し、目隠し設置義務の有無が判断されます。事案ごとに、詳細な検討をする必要があります。建物計画段階より、隣地住民への事前の説明を行い、隣地住民のプライバシーに配慮した間取りや窓の種類を検討するといった姿勢が、後のトラブル防止のために大切になります。