不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
購入した自宅敷地に接する私道の車の通行に関するトラブル
事例
私(X)は、数ヶ月前に、売主Aから、自宅を建築する目的でAが所有する本件土地と私道の1区画を購入しました。この土地は、図のように、分譲地の一角にあり、幅員4mの位置指定道路である私道に接しています。この私道は、元々、この土地を含む周辺土地所有者のABCDが、相互に各私道の一区画を所有する形で開設し、私道の舗装状況も良く、公道への通り道として利用してきたようですが、通行権に関する契約書等は特に作成していないそうです。
売主Aは、従前、この土地上に駐車場が付いた自宅を保有し車を所有して、本件私道を車で通行していたと話していました。そのため、私も、この土地上に駐車場付の新居を建てました。そして、先月新居に引越し、現在、この私道を車で通行しています。ところが、先日、真正面に住むDから、本件私道は小さな子供が多く通るため、車で通行しないで欲しいと要求されました。私は、この私道を車で通行することはできないのでしょうか。
回答
この私道に関する通行権の設定については、明示的な通行地役権の設定契約までは認められませんが、ABCD間で黙示的な通行地役権設定の合意があったと考えられます。
しかし、あなたが、本件私道を車で通行する為には、この私道に関する通行権(黙示的な通行地役権)の内容の中に、車の通行権が含まれる必要があります。車の通行権が含まれるか否かの判断は、これまでの私道の利用状況、過去の車の通行の有無、他の利用者への影響、私道の道路状況、周辺の交通状況等の事情を総合的に勘案して行われます。あなたの場合、売主Aが、従前、この私道を車で通行していた事実が認められますが、更に、その他の事情を総合的に勘案する必要があるでしょう。
解説
1.私道の通行権
(1)私道と公道
本件ケースのように、私人が所有地を自己負担によって整備し、維持・管理している道路を私道といいます。これに対し、国や地方公共団体が一般の交通に供するために設置・維持・管理・利用等している道路を公道といい、高速自動車道、一般国道、都道府県道、市長村道などがあります。
(2)私道の通行権
私道は、あくまでも私有地なので、誰でも自由に通行できるわけではありません。現実には、私道の所有者が第三者の通行を好意で黙認している場合も多く見受けられますが、所有者以外の第三者が他人の私道を通行するためには、原則として、通行する権利が必要となります。この私道を通行する権利には、囲繞地通行権、通行地役権、賃借権等の債権契約上の通行権などがあります。
ア.囲繞地通行権
他人の土地に囲まれ公道に通じない土地(袋地)の所有者には、公道に出るために、袋地を囲んでいる土地(囲繞地)を通行することができる囲繞地通行権が認められています(民法210条)。囲繞地通行権は、隣接する土地の利用関係を調整するために、袋地の所有者に法律上当然に認められる権利なので、設定契約は必要ありません。ただし、通行によって囲繞地に損害を与えた場合には償金を支払う必要があります(民法212条)。
イ.通行地役権
他人の土地(承役地)を自己の土地(要役地)の通行の用に供することができる権利を通行地役権(民法280条)といいます。通行地役権は、承役地所有者と要役地所有者との通行地役権設定契約によって設定されますが、明確な設定契約のないまま黙示の合意があるとみなされるケースや相続や時効によって取得する場合もあります。 通行地役権は物権なので、通行地役権の登記によって、承役地の購入者等の第三者に対抗することができます。
また、通行地役権は要役地に付随する権利なので、特約のない限り、要役地の売買によって、要役地の所有権が移転すると、それに伴って通行地役権も移転し、買主は要役地の所有権とともに、通行地役権も取得することができます(民法281条)。この通行地役権の移転は、通行地役権の移転登記がなくとも、要役地の所有権移転登記によって、第三者に対抗することができます。
ウ.債権契約上の通行権
私道所有者との間で、私道の通行の用に供する目的の賃貸借契約や使用貸借契約を締結することで、私道を通行することができます。ただし、これらの権利は債権上の権利であり、私道の購入者等の第三者に対し、その通行権を主張することができません。
エ.通行の自由権
上記(ア)から(ウ)のような通行権がない場合でも、当該私道を通行することが日常生活上必要不可欠となっている等の事情が認められる場合に、建築基準法上の位置指定道路や42条2項の道路等について、人格権としての通行の自由権を認めた判例があります。
2.黙示の通行地役権
(1)黙示の通行地役権
あなたは、この私道についてどのような権利を持っているのでしょうか。
この私道は、本件土地周辺一帯を整備する際に、隣接の各土地所有者が自己の所有地から公道へ出るための通路として通行する目的で、相互に私道の一区画を所有する形で開設されています。このような私道開設の経緯、及び、これまで私道の所有者ABCDが公道への通路として利用してきた事実に鑑みると、この私道が開設された際に、私道の所有者ABCD 間において、各々が自己の区画所有地を要役地とし、他の所有者の区画所有地を承役地とする相互交錯的な通行地役権が黙示的に設定されたと考えることができます。
あなたは、売主Aから本件土地及び私道の1区画を購入することにより、Aが有した私道の1区画の黙示の通行地役権を承継取得したと考えられます。従って、あなたは、この私道の通行地役権を有しています。
(2)車の通行権を含むのか
しかし、この私道の通行地役権の中に、徒歩による通行権に加え、車による通行権も含まれるのか否かについては、この私道の過去の車の通行状況、私道の利用状況、私道の他の利用者への影響、私道の道路としての整備状況、周辺の交通状況等の事情を踏まえ、個別に判断する必要があります。
裁判例では、道路の幅員が4mあり、車の通行に支障のないこと、また、何十年もの間、車両の通行についてトラブルが生じていないこと等を理由として、その道路の通行地役権の内容に自動車の通行が含まれると判断したものがあります(東京高裁平成10年10月15日判決)。一方で、私道の幅員が広いところで2.61m、狭いところで1.64mしかなく、人や自転車との接触の危険が高いこと、私道上での回転ができないことなどから車の通行権を否定したものがあります(東京地裁平成7年8月23日判決)。また、道路の幅員が狭く、一住宅当たり一台の自動車を家庭生活の用に供する程度の頻度で通行してきた利用状況のもとでは、営業用に使用する目的で8台を収容する駐車場から頻繁に車が通行することは、通路の通行を困難にし、危険をさらすものとして、一住宅当たり一台の自動車を家庭生活の用に供する程度での車の通行に限定して車の通行権を認める判断をしたものなど(東京高裁平成4年11月25日判決)、通行頻度や車両の重量・幅を制限することで自動車による通行を認めている裁判例もあります。
このような裁判所の判断を前提とすると、この私道の場合、私道の幅員4mの位置指定道路であり、舗装状況も良く車の通行に支障のない道路状況と考えられます。しかも、売主Aが、この私道を長年の間、トラブルなく車で通行してきた経緯も存在する場合には、この私道の通行地役権の内容に車の通行が含まれる可能性が高く、あなたも車で通行することができると考えられます。
一方で、売主Aの車の通行が短期間の一時的なものにすぎなかった場合、車の通行によって他の利用者の利用に危険や損害を与える場合、道路状況により車の安全な通行に支障が生じるなどの事情がある場合には、この私道の通行地役権の内容として、車の通行を排除する合意があったと判断される場合も考えられます。
いずれにしても、この私道のこれまでの車の通行状況を確認し、他の利用者との利益調整を図る必要はあります。
3.まとめ
私道の通行に関しては、明確な合意や契約書のないままに、暗黙の了解のもと通行に供されているケースが多いため、一度トラブルに発展すると、その通行権の根拠・内容・範囲について争いとなります。特に、相続や売買によって、私道の所有当事者の変更が生じると、それまで暗黙の了解として成立していた通行権の内容にズレが生じ、トラブルに発展しますので、購入する土地が私道に接している場合には、私道の通行権の内容について詳細に確認をする必要があります。