不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
隣地に崖がある土地の購入に関する注意点
【Q】
私は、新居を建築する目的で売主Aの所有地(本件土地)の購入を検討しています。本件土地の立地は良いのですが、隣地(Bの所有地)が本件土地より4m程高地にあり、本件土地との境界付近は崖地となっており、高さ2m程の古い擁壁が設置されています。
仲介業者Bから、過去に台風が直撃した際に隣地の崖が一部崩落したことがあるとの説明があり、今後も集中豪雨や地震によって崖が崩落し、本件土地に危険が生じないか不安があります。
(1)隣地に崖がある本件土地を購入するに際してどのような点に注意するべきでしょうか。
(2)本件土地を購入した後、Bに対して、擁壁の補強工事を要求することができるでしょうか。
【回答】
(1) 崖地の隣にある本件土地を購入し、建物を建築する場合には、本件土地にがけ条例や土砂災害防止法等の法令上の制限が適用されるか否かを事前に調査する必要があります。法令上の制限によって、本件土地上に建築する建物の構造制限が課せられる場合や、防護壁の設置等の安全対策が必要となる場合もあり、これにより想定外の費用が生じることもあります。あなたの計画している新居が物理的にも経済的にも建築可能か否かを仲介業者Bに調査してもらう必要があるでしょう。
また、隣地の崖の崩壊の危険性が高い場合には、本件土地上の新居建築に際し、隣地擁壁に新たな安全対策が必要となる場合もあるため、隣地の崖・擁壁の安全性についても事前に調査する必要があるでしょう。
(2) 隣地の崖の崩壊により本件土地に危険が生じるおそれが現実にある場合には、本件土地の所有者は、隣地所有者Bに対して、所有権に基づく妨害予防請求権に基づき新たな擁壁の設置や擁壁の補修等を求めることができる場合があります。しかし、この場合に新たな擁壁設置に要する費用負担については、隣地所有者Bと本件土地の所有者の共同の負担となる場合もあるため、隣地所有者Bと協議の上、安全対策を進める必要があるでしょう。
【解説】
1. 崖地に関する法令上の規制
(1)崖とは一般的に勾配の急な傾斜地をイメージしますが、多くの自治体のがけ条例や宅地造成等規制法や急傾斜地崩壊防止法、土砂災害防止法等では、勾配が30度を超える急傾斜地を法令上の規制の対象とし、崖の崩壊による被害を防止するため、様々な規制を課しています。
(2)東京都建築安全条例では、高さ2mを超える崖の下端から水平距離が、がけ高の2倍以内のところに建築物を建築する場合には、原則として高さ2mの擁壁を設置しなければならないとしており、がけ下に建築物を建築する場合には、その主要構造部が鉄筋コンクリート造若しくは鉄骨鉄筋コンクリート造であるか、又は建築物の位置が、がけより相当の距離にあり、がけの崩壊に対して安全である場合を除いて擁壁を設置する必要があります(東京都建築安全条例6条)。
土砂災害防止法では、急傾斜地の崩壊等により建築物に損壊が生じ住民等の生命又は財産に著しい危害が生ずるおそれがあるとされる区域(特別警戒区域)内に建物を建築する場合には、一定の開発行為の許可制や建築可能な建築物の構造制限等の規制を課しています。土砂災害防止法における詳細な規制内容についてはコラム2021年1月号を参照ください。
宅地造成等規制法では、宅地造成に伴い災害が生じるおそれの大きいとされる宅地造成工事規制区域内における宅地造成工事には都道府県知事の許可が必要となり、災害を防止するための擁壁の設置等安全対策が求められます。
これらの法令上の規制が本件土地に及ぶ場合には、規制のもとで、計画中の新居が物理的にも経済的にも建築可能か否かを事前に確認する必要があります。特に、強固な建築構造や防護壁の設置等の安全対策費用が想定より多額となることもあるため、具体的な建築計画がある場合には、計画が実現可能か否かについて仲介業者Bに調査を依頼する必要があるでしょう。
2.崖・擁壁の安全性の調査
また、隣地の崖に崩壊の危険性がある場合には、本件土地における新居計画にも直接影響をあたえるため、隣地崖及び擁壁の安全性についても事前に調査をする必要があるでしょう。
築造年数の古い擁壁の中には、建築確認を経ずに築造され十分な構造耐力を有していないものや、適切な維持管理がされておらず、亀裂・ずれが補修されていない擁壁も存在し、これらの擁壁は倒壊の危険性が高いとされています。これらの調査は目視によっても一定の危険性を確認することができます。
また、売主・近隣住民や行政への聞き取りによって、過去に発生した崩落の有無、周辺地域の地質等について確認することで、将来的な崩落の可能性を知る手がかりとなります。さらなる専門的な調査を行う必要がある場合には、隣地所有者Bの協力を得る必要があるでしょう。
3. 所有権に基づく妨害予防請求
これらの調査によって、隣地の崖が崩落する危険性が高いと判断された場合、本件土地の所有者は、Bに対して、Bの負担によって新たな擁壁の設置を求めることができるでしょうか。
一般的に、所有権の円満な状態を他から侵害される危険があるに至った場合、所有権者は、危険を生ぜしめつつある者に対し、その者の費用において危険防止の措置を請求することができるとされています(所有権に基づく妨害予防請求)。
この考えに基づけば、隣地の崖の崩壊により、本件土地の安全な利用が侵害される危険がある場合には、本件土地の所有者は、隣地所有者Bに対して、Bの負担において崖崩壊の防止措置を講じるように請求できると考えることができるようにも思えます。
しかし、本件事例と同様に、崖の隣地所有者が崖地所有者に対して崖崩壊の予防措置を講ずるように求めた裁判例では、崖の崩壊を予防することは、崖の所有者だけでなく崖の隣地所有者にとっても利益となることであること、また、対策費用も多大となることから、相隣関係の規定を類推適用し、崖の所有者及び崖の隣地所有者の共同の費用負担によって擁壁を設置するべきとした裁判例があります(東京高裁昭和58年3月17日、横浜地裁昭和61年2月21日)。もっとも、これらの判断においても、崖崩壊の危険が崖所有者の人為的作為に由来する場合には、崖所有者の負担において擁壁を設置すべきと考えられます。
したがって、隣地の崖の崩壊の危険が隣地所有者Bの作為に由来するものでない場合には、本件土地所有者となったあなたとBとの共同の負担で新たな擁壁を設置することになる可能性があるため、Bとの間で協議の上、調査・安全対策を進めることが望ましいでしょう。
4.まとめ
近年、記録的集中豪雨等の自然災害が頻発し、今後首都直下型地震等も懸念されているため、崖地周辺の安全性の確保について関心が高まっています。古くから存在する崖地や擁壁の中には、現在の法令上の安全基準に満たないものも存在するため、適切な安全対策を講じる必要があります。これらに要する費用や法令上の制限を十分に調査した上で、土地を購入し・計画を進めることが大切になります。