不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
購入した住宅で隣人とのトラブル
Q
私は、不動産業者Aの仲介により、売主Bの住宅を購入しました。Bの住宅は、閑静な住宅街にあり、Bが妻と2名の幼児の4人で暮らす戸建住宅です。私も妻と3名の幼児の5人暮らしですので、我が家のマイホームに適していると考えました。購入の前に、私と妻は、幼児らを連れてBの住宅を何回か内覧しましたが、この住宅の隣人からの苦情はありませんでした。
ところが、Aは、売買契約締結の直前に行なった重要事項説明において、重要事項説明書の「その他買主に説明すべき事項」:「その他」欄に「西側隣接地の住人Cより、騒音等による苦情がありました」と記載しその読み上げを行いました。
私は、不安になり、BとAに対し、具体的な事情を尋ねました。
Bは、子どもが庭で遊んでいたらCからうるさいと言われたので、子ども部屋を2階の東側にしたことやCからじっと見られることがあったので目隠しの為、波板を設置したが、その後、Cから怒られたことがなく、風呂でうるさくしても、又、庭で子どもをプール遊びさせても特段苦情を言われたことがなかった」と話し「今は特に問題がない」と説明しました。Aもその説明に同意しました。
私は、更に「同じ子どもを持つ親として聞いておきたいのですが、近隣の環境に問題はありませんか?」「暴走族が走り回ることはありませんか?」と尋ねたところ、BとAは「全く問題ありません」と回答しました。
その結果、私は、Aの仲介によりBの住宅を購入したのです。
しかし、購入後、私と家族が引越しの準備の為に何度か住宅にいったところ、Cは、私達に対し「あんたのガキうるさいんじゃー。」「Bのように追い出したるわ。覚悟しいや。」と大声で怒鳴り、ステレオの音量を大きくし、更には、住宅にホースで放水するなどの言動を行い、止む無く警察官を呼ぶ騒ぎとなりました。
後で判ったことですが、Bとその家族も、この住宅を購入し生活を始めたところ、Cから同様に「子どもがうるさい。黙らせろ。」「子どもがうるさいと怒鳴り、洗濯物に水をかけ、泥を投げられる」等の被害が続き、自治会長や警察に相談していたとの事です。そのため、Bは、C宅の間に波板の塀を設置し、2階のベランダにも波板を付け、子ども部屋を東側にしたとの事でした。
又、私達がこの住宅に初めて案内された日の午前中にも、Cはこの住宅の内覧にきた他の購入希望者に対し、「うるさい」と苦情を言ったようで、その購入希望者の売買の話は流れたとの事でした。
私と家族は、現在、この隣人のこうした迷惑行為の状況を考慮し、この住宅への引越しを断念しています。私のこうした状況について、CもしくはAやBに責任がないのでしょうか?
A
Cのあなたや家族に対する一連の言動は、明らかに常軌を逸した迷惑行為と考えられます。Cのこうした行為が、あなたや家族のこの住宅での平穏な生活を侵害していると考えられる場合、あなたや家族に対する不当な威圧行為(不法行為)と考えることができます。あなたや家族は、Cに対し、こうした迷惑行為の禁止を求め、かつ、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが考えられます。
又、Aは、Cのこうした迷惑行為の存在を認識している場合、あなたに対し、Cの迷惑行為を客観的に説明する義務があります(重要事項説明義務)。更に、Bも、あなたから、Cの迷惑行為や居住環境の質問を受けた以上、Cの迷惑行為や居住環境について適切な説明をする責任が発生したと考えられます。
しかし、Aは、ほとんどBの説明に依存しただけで、自ら適切、かつ、客観的な説明を行わず、又、「全く問題ありません」など不適切な誤解を与える発言を行っており説明義務を果たしたとは評価できません。
又、Bも、Cの迷惑行為の被害状況について一部の説明を行っただけであり、更には、「今は特に問題がない」とか「全く問題ありません」など、あなたに誤信を与える発言も存在し、説明責任を果たしているとは評価できません。従って、A、及び、Bの両者について法的責任があると考えられます。
あなたは、Aに対し売買契約の重要な事実に関する説明(告知)義務違反を理由に損害賠償請求を行うことが考えられます。更に、Bにも、あなたの質問に対し自ら体験認識している事実を適切に説明する信義則上の義務違反に基づき、同様に損害賠償請求を行なうことが考えられます。
解説
1.隣人の迷惑行為
私たちは、その地域において共同生活を行っています。共同生活を行なう者は、互いの平穏な生活を維持するために、各自が有している権利の行使を抑制し協力し合う社会的責任(受忍義務)を負担しています(相隣関係)。
しかし、隣人の言動(迷惑行為)が、他の共同生活者が甘受すべき「受忍義務」の範囲を超える異常な場合には、その言動(迷惑行為)は、他の共同生活者に対する違法な侵害行為(不法行為)と考えることができます。
Cの一連の言動(迷惑行為)は、その具体的な内容、態様、更には、反復継続性等を考慮すると、あなたや家族の皆さんが共同生活上において甘受すべき「受忍義務」の範囲を逸脱した不当な発言や行動と考えられます。従って、このCの一連の言動(迷惑行為)は、あなたや家族に対する違法な侵害行為として不法行為責任(民法709条)が生じると考えられます(刑事上の問題にまで発展する例もあります)。
従って、あなたや家族は、Cに対し、一連の言動(迷惑行為)の禁止を求める仮処分、及び、不法行為に基づく損害賠償請求をすることが考えられます。
2.不動産業者の説明責任
不動産業者は、住宅の売買契約の仲介を行なうに際し、宅建業者として、買主に対し、住宅の売買契約の重要な事項について説明を行う義務があります(宅建業法第35条、重要事項説明義務)。
しかも、この説明すべき事項は、同法35条1項に規定した事項だけに限りません。不動産業者は、買主に重大な不利益を与えるおそれがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすと予測される事項を認識している場合、その認識事項についても客観的に説明を行う義務があると考えられています(同法47条1項1号、大阪高裁平成16年12月2日判決)。
Aは、あなたが家族と共にこの住宅で平穏な生活をすることを願っていることを承知しています。一方で、Cの言動(迷惑行為)が、これまでにも、Bとその家族、更には、この住宅の他の購入希望者に対しても繰り返されてきた事実を認識しています。そして、この隣人の言動(迷惑行為)が、あなたやその家族に対し繰り返される可能性が高く、又、その迷惑の程度も著しいことを認識しています。従って、Aは、Cの言動(迷惑行為)が、買主のあなたに対し重大な不利益を与えるおそれがあり、売買契約の締結の可否の判断に影響を及ぼすことを予測することができます。こうした場合、Aは、あなたに対し、Cの言動(迷惑行為)を客観的に説明する責任(義務)があると考えられます(前記 同判決)。
しかし、Aの説明は、Bの説明に依存しただけでなく、寧ろ「今は特に問題がない」とか「全く問題ありません」などの回答に同意し、影響がないとの誤解を与える結果となっています。売買契約の重要な事項の説明義務に違反していると考えられます。
あなたは、Aに対し重要な事項の説明義務違反(債務不履行)に基づき損害賠償請求をすることが考えられます。
3.売主の説明責任
一般的に、売主や買主が売買契約の締結に際し宅建業者に仲介を委託した場合、売主や買主は、各自が委託した宅建業者(仲介業者)に対しその売買契約の重要な事項の説明を委託したものと考え、原則として、売主本人は、買主に対し直接の説明義務を負わないと考えられます。
しかし、買主が売主に対し直接の説明を求め、かつ、その事項が買主に重大な不利益を与えるおそれがあり、その契約の締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予測される場合には、信義則上、売主は、買主に対し、その事項について直接の説明責任(義務)を負担すると考えられます。その場合、売主は、その事項の説明を適切、かつ、客観的に行い、事実に反する説明や買主を誤信させる説明をすることはできません(大阪高裁平成16年12月2日判決)。
本件の住宅の売買契約は、Bと買主のあなたがAに仲介を委託した場合ですので、この隣人の言動(迷惑行為)の説明は、原則として、Aが行い、Bには、直接の説明義務がありません。しかし、あなたは、Bに対し、直接、Cの言動(迷惑行為)やその他の住環境に関する説明を求めたのですから、信義則上、Bは、あなたに対し、直接、それらの事項について、適切、かつ、客観的な説明を行う責任(義務)を負担しました。
しかし、Bの説明は、必ずしも、この隣人の言動(迷惑行為)を適切、かつ、客観的な説明をしたとは評価できず、寧ろ、「今は特に問題がない」とか「全く問題ありません」とあなたに誤解を与える内容の説明であったと考えられます。Bのこうした説明は、信義則上の説明義務の違反であり、あなたは、Bに対し損害賠償請求をすることが考えられます。
4.損害額
あなた(及び、家族)のCの言動(迷惑行為)に伴う損害は、一般的に、あなた(及び、家族)の精神的な苦痛の負担に伴う損害(慰謝料)、並びに、このCの言動(迷惑行為)の存在により生じる住宅の資産価値の下落と考えられます。しかし、慰謝料や資産価値の下落による損害は、個別具体的な事情を総合的に考慮して行われるため、類型的な額を示すことは困難です。因みに、この種の裁判実務では、その住宅の売買価格の20%程度の額と認定した例が見られます。
まとめ
最近、その住宅の居住者と隣人との相隣関係をめぐる様々なトラブルがマスコミを通じて報道されています。こうした隣人とのトラブルは、その住宅の居住者の平穏な生活を侵害し精神的な負担を与えるだけでなく、その住宅の市場価値を減少させます。従って、住宅の購入に際しては、必ず、複数回に亘り当該住宅を内覧し、隣人との関係や周辺の居住環境についても確認をすることが大切です。又、そうした確認は、仲介業者に対して行うだけでなく、直接、売主とも面談し、確認することも重要です。買主から説明を求められた売主は、仲介業者の説明に依存するだけではなく、自ら、適切、かつ、客観的な説明を心掛けることが必要です。
相隣関係の基本は、相互の円満な生活環境を互いに尊重し協力することから始まります。売主及び買主は、互いの平穏な生活を維持することができるよう誠実な対応に心掛けることが大切です。