不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
購入したマンションのリフォームに関するトラブル(動機の錯誤)
近年、自分好みの間取りやインテリアにリフォームすることを前提として、中古のマンションや戸建てを購入する消費者も増えています。一方で、マンションの管理規約や法令等の制約によって予定していたリフォームができない、リフォーム工事開始後に予想外の費用が発生した等、物件購入後にトラブルになることも少なくありません。リフォームを前提とした中古住宅の売買において、どのような点に注意する必要があるでしょうか。
Q
私は、娘に喘息のアレルギーがあるため、床がフローリングで壁が自然素材の壁材等を使用した家(マンション)を購入したいと考えていたところ、仲介業者から築40年の中古マンションの部屋を紹介されました。その部屋は、床がカーペットであり、壁は自然素材の壁材等ではなかったのですが、周辺環境が素晴らしいマンションでした。私は、仲介業者に対し、娘の症状を話し、売主の方で、床をフローリングに、又、壁を自然素材の壁材等にリフォームしてもらえないかと伝えました。しかし、売主の意向は、自分からリフォームして売買する気持ちはないが、私が購入後に費用を負担してリフォームをするのであれば、売買に応じても良いとの返答でした。その結果、私は、自分でリフォームすることにして、この部屋を購入しました。しかし、購入後に、リフォーム業者に床をフローリングに、又、壁を自然素材の壁材等に変更する工事を依頼したところ、マンションの管理組合から、防音上の問題で床をフローリングにすることは管理規約で禁止しているので、フローリング工事の許可はできないとの連絡が入りました。
(1)私は、娘の喘息対策のために、床のカーペットをフローリングに変更する等、アレルギーに配慮したリフォーム工事ができると考えて購入したのです。床をフローリングに変更できないのであれば、娘の喘息対策としては不十分で購入目的が達成できません。私は、この部屋の売買契約を撤回できるでしょうか。
(2)売買契約の撤回ができる場合、私は、仲介業者に支払った仲介手数料は返還してもらえるのでしょうか?又、売買契約を撤回できない場合、私は、仲介業者に対し損害の請求や仲介手数料の返還を請求できるでしょうか。
A
(1)あなたは、娘さんの喘息対策のために、この部屋の床をフローリングに、又、壁を自然素材の壁材等にリフォーム可能と考え、仲介業者を介して、その予定と目的を売主に伝えました。又、売主も、あなたのリフォーム予定と目的を知った上で売買契約を行いました。本来、あなたのリフォーム予定と目的は、購入の動機に過ぎませんが、売主に伝えられたことにより、売買の意思表示の内容の一部(要素)となりました。しかし、床のフローリング工事が許可されないとの結果は、あなたの購入の動機との間に錯誤が存在したことになります(動機の錯誤)。この錯誤が、「法律行為の要素」(重要な要素)の錯誤に該当する場合には、売買契約の無効を主張できる可能性があります。
(2)売買契約の撤回(錯誤による無効)が可能な場合、当初から売買契約の効力が生じなかったことになり、あなたは、仲介業者に対して仲介手数料の返還を求めることができるでしょう。又、売買契約の撤回ができない場合には、あなたは、床のフローリング工事ができなかったことに伴い生じた損害の賠償請求ができるでしょう。なお、その損害請求の処理の中で、あなたが支払った仲介手数料の一部が返還される場合もあるでしょう。なぜなら、あなたは、仲介業者に対し、リフォーム予定とその目的を伝え仲介を依頼しました。仲介業者には、マンションの管理規約や管理組合を調査し、床のフローリング工事が可能か否かを確認する媒介契約上の義務があるからです。一般的に、マンションの部屋のリフォーム工事を行うには、共用部分は勿論、たとえ専有部分の工事であっても、管理規約等により、管理組合の事前許可が必要とされています。仲介業者は、この調査確認を怠ったようですので、媒介契約上の債務不履行責任が生じているからです。
解説
1.錯誤と民法改正
(1)錯誤
本事例のように、売買契約の締結に際し、勘違いや思い違いなどの錯誤が存在する場合、売買契約は、どのような影響を受けるでしょうか。
①現行民法は、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があった場合には、無効とする。但し、表意者に重大な過失があった場合には、自ら無効を主張できない」と規定しています(民法95条)。
②「錯誤」とは、いわゆる、言い間違いや書き間違いのことで、例えば、スーパーで商品Aを購入したいのに(真意)、誤って商品Bと伝えてしまった場合(表示上の意思)のように、表意者の真意と表示上の意思が一致しない状態をいいます。この場合、表示上の意思に従った法的効果を認めて良いのでしょうか?現行民法は、錯誤が「法律行為の要素」(重要な要素)に関する場合に限り、表示上の意思に従った法的効果を否定して無効とし表意者の保護を図りました。
③錯誤が「法律行為の要素」に関する場合とは、判例によれば、ⅰ錯誤がなければ表意者はそのような意思表示をしなかったであろうと認められ(主観的因果性)、かつ、ⅱ通常人の基準に照らしても錯誤がなければそのような意思表示をしなかったと認められる場合(客観的重要性)と解されています。
④従って、錯誤が「法律行為の要素」に関するものではない場合には無効の主張ができないのです。又、表意者が錯誤したことについて重大な過失がある場合にも保護の必要がないので無効の主張ができません。
⑤ところで「錯誤」には、間違って真意と異なる意思を表明した場合(表示の錯誤)と、真意のとおりに意思を表明しているが、その真意が何らかの誤解に基づいていた場合(動機の錯誤)が考えられます。ところで、通常、動機は表示されず表意者の主観に過ぎないため「意思表示の内容」ではありません。しかし、動機が表示されれば「意思表示の内容」となり得ます。従って、「動機の錯誤」は、「動機が表示された場合」に限り、かつ、その錯誤が「法律行為の要素」に関する場合に無効の主張が可能となります。
(2)動機の錯誤
①本事例の売買契約では、「この部屋を購入する」という真意と表示上の意思に錯誤はありません。しかし、あなたの購入動機である「床のカーペットをフローリングに変更できる」との点に錯誤が存在しました。しかも、この動機は、仲介業者を介し、売主に伝えられたので、動機が表示されています。従って、動機が表示された「動機の錯誤」に該当します。
②では、この動機は、「法律行為の要素」に関するものと言えるでしょうか?娘さんの喘息対策として床のフローリングが最適であり、その他の方法では不十分と考えられる場合には、「法律行為の要素」に該当すると考えられます。前記(1)③の「主観的因果性」と「客観的重要性」が認められるからです。
③又、あなたが、この部屋の床のフローリング工事ができると誤解した点に重過失があるでしょうか。一般的に、マンションの管理規約による工事制限の内容は、仲介業者が調査し買主に説明して初めて認識できるものです。本件の場合、仲介業者がその点の調査説明を怠っていることから、あなたが誤解したとしても重過失があるとは考え難いでしょう。
④従って、あなたは、本件売買契約の錯誤無効を主張し撤回できる余地があるでしょう。
(3)民法改正
ところで、現行民法の錯誤の規定は、改正民法により2020年4月1日から下記の様に変更されます。
①錯誤の効果が、「無効」から「取消」に変更されます(新法95条)。「無効」は、当初から法律効果が生じないことであり、誰でも(但し、錯誤無効は、相手方が主張できない)、いつまでも無効を主張することができます。しかし、「取消」は、表意者が取消権を行使することで法律効果が解消されます。この取消ができる期間は、追認できる時から5年です(民法126条)。
②善意・無過失の第三者保護
また、現行法では、錯誤による意思表示を信頼した第三者を保護する規定はありませんが、今回の改正により、錯誤による意思表示の取消は、善意・無過失の第三者に対抗できないと規定しました(新法95条4項)。
③錯誤の概念、及び、要件を明記(新法95条1,2項)
錯誤の概念は、規定に明記せず、判例や学説で解説されていました。しかし改正民法は、次の様に明記しました。
2.仲介業者の調査・説明義務
(1)仲介業者は、あなたが、この部屋を購入するか否かの判断に重要な影響を及ぼすことが明らかな事項について調査し、説明をすべき媒介契約上の義務を負っています(宅建業法35条、媒介契約条項)。
(2)あなたは、仲介業者に対し、娘さんの健康上の理由から床のフローリング等のリフォーム工事を行う前提で部屋を購入することを説明しています。従って、仲介業者は、床のフローリング等のリフォーム工事が問題なく施工できるかについて、管理規約や管理組合を調査確認し、あなたに対し説明すべき媒介契約上(及び、宅建業法上)の義務を負っています。リフォーム工事の内容は、事前に構造や劣化状況等を完全に把握することが難しく、床や壁をはがした後に止む無く工事内容を変更する事もありますが、工事の規制の有無は、事前に法令、管理規約、管理組合を調査することが可能だからです。
(3)しかし、仲介業者は、こうした調査説明の義務を怠っており、媒介契約上の債務不履行に該当します。売買契約の撤回の有無にかかわらず、あなたは、仲介業者に対し発生した損害の賠償請求が可能でしょう。
(4)従って、売買契約の撤回が認められた場合には、支払った仲介手数料全額の返還請求、及び、その他の損害を、又、撤回ができない場合には、床のフローリング工事に代わる代替工事の費用等の損害を請求することが考えられます。
まとめ
中古住宅リフォーム工事をめぐっては、本事例のように、様々な制約により希望していたリフォーム工事が施工できない場合があります。また、リフォーム工事の過程で予想外の費用が発生するケースや、リフォーム工事の仕上がりに不満があるケース等、後にトラブルに発展する場合が少なくありません。しかし、希望するリフォームや補修工事を行うことにより、手頃で安全で快適な生活ができる中古住宅も多く存在します。
リフォームを前提とした中古住宅を購入する際には、事前に、仲介業者との間で、リフォーム工事の内容や概算費用を検討し、法令や管理規約を確認し、更に、管理組合との事前協議を行うなどして、リフォーム工事が支障なく実施できるかを確認することが大切です。又、リフォーム業者に現地確認を依頼し、工事施工上の支障の有無等についても確認することが必要です。更に、リフォーム工事着手後に変更工事の必要性が生じた場合には、その変更内容や費用見積もりを書面で協議確認しながら工事を進行させることが大切です。