不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
中古住宅の欠陥とインスペクション制度
Q
私は、不動産業者の紹介(仲介)で築15年の中古住宅を購入しました。
入居して間もなく、シロアリ被害により、柱が傷んでいることが判明しました。築15年なので、ある程度の傷み(劣化)は覚悟していましたが、購入後に、このような状態を発見するとは思ってもいませんでした。
私は、シロアリの駆除と柱の補修工事を行いましたが、この住宅は、欠陥住宅ではないでしょうか?私は、売主や不動産業者に対して、費用を請求できないでしょうか。
また、シロアリ被害以外にも、他の隠れた欠陥があるのではないかと不安になっています。そもそも購入前に、中古住宅の劣化状況を確認できる方法はないのでしょうか?
A
シロアリによる柱の傷みが売買契約当時から存在していた場合には、隠れた瑕疵(欠陥)に該当し、売主に対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求として駆除や補修費用を請求できる余地があります。
また、不動産業者がシロアリによる柱の傷みについて調査・認識できた場合には、不動産業者に対しても損害賠償請求ができる余地があるでしょう。
しかし、一般的に、不動産業者による中古住宅の劣化の調査には限界があります。より適切な調査を行うには、住宅の専門家による調査が必要です。専門家の調査によらなければ発見できない欠陥については、仲介業者の責任を追及することが困難でしょう。専門家による調査を行わない場合、中古住宅の劣化の不安が残ったままの状態となり、売買の促進に障害となります。
そこで、中古住宅の劣化状況を知る手段の一つとして、住宅の専門家(建物状況調査士・インスペクター)による「建物状況調査(インスペクション)」を平成30年4月1日から実施することになりました。但し、売主(物件所有者)の承諾が必要となり、検査費用もかかる為、すべての中古住宅に適用されるわけではありませんが、この「建物状況調査」を売買契約締結前の段階で行うことで、中古住宅の劣化状態をより正しく認識した上で購入の是非を検討することができるようになるでしょう。
解説
1.瑕疵担保責任と民法改正
売買の目的物に「隠れた瑕疵」があった場合、買主は、売主に対して瑕疵担保責任に基づき損害賠償を請求することができ、また、「隠れた瑕疵」の程度が著しく契約の目的を達成できない場合には売買契約を解除することができます(民法570条、566条)。
「隠れた瑕疵」とは、売買の目的物の品質性能が契約時に想定されたものより劣化した欠陥の状態と考えられています。
中古住宅に通常生じる経年劣化は、契約時に想定された劣化状態である場合には、「隠れた瑕疵」には該当しませんが、想定を超えた住宅の安全性を脅かすような構造上の欠陥や莫大な補修費用が発生する欠陥となっている場合には、「隠れた瑕疵」に該当し瑕疵担保責任の問題となります。
本件の場合、入居間もない時期にシロアリ被害による柱の傷みが発見されたことから、売買契約当時から被害が発生していたものと考えられます。シロアリ被害による柱の傷みは、通常の経年劣化を超え、建物の構造上の安全性を脅かすものであり、「隠れた瑕疵」に該当し、売主に瑕疵担保責任が生じるでしょう。あなたは、売主に対し、瑕疵担保責任に基づいて、シロアリの駆除費用や柱の補修費用の損害賠償請求をすることができるでしょう。
なお、こうした「瑕疵担保責任」や「隠れた瑕疵」という用語は、2020年4月1日から施行される改正民法において、「契約不適合責任」や「契約の内容に適合していない」という用語に改められます。また、瑕疵担保責任の内容についても、現行法には「損害賠償」と「契約解除」の2つの規定がありますが、改正民法では、これらの2つの責任に加え、「追完請求」(修補請求・代替物引渡請求・不足分引渡請求)と「代金減額請求」を規定し、責任追求の方法が増えます。更に、買主が売主に「契約不適合責任」を追及する場合、「契約の内容に適合していない」状態を知ってから1年以内にその旨を通知していれば、契約不適合を知ってから5年間の消滅時効にかかるまでは、権利行使が可能になります。但し、この通知を怠った場合には、「契約不適合責任」の追及ができなくなります。ご注意ください。
ところで、不動産業者が、シロアリ被害による柱の傷みを調査・認識できた場合には、あなたに対し、その被害状況を説明する義務があります(重要事項説明義務、及び、媒介契約上の説明義務)。これを怠った場合には、あなたは、不動産業者に対しても駆除費用や補修費用の損害賠償を請求できるでしょう。しかし、専門家の調査でなければ認識できない場合には、仲介業者の責任はないでしょう。
2.建物状況調査(インスペクション)
中古住宅は、新築住宅よりも安く物件を購入できるというメリットがある一方で、建物の耐震強度や品質性能、リフォーム費用への不安が大きいため、購入を躊躇する消費者の声も多くあります。このような消費者の不安を受け、これまでの民間の検査会社が住宅診断等の様々な検査サービスを提供してきましたが、検査方法や検査精度が様々であり、普及が進んでいませんでした。
そこで、宅建業法は、平成30年4月から、中古住宅について、住宅の専門家(建物状況調査士・インスペクター)による「建物状況調査(インスペクション)」を制度化し、宅建業者に対して、①媒介契約締結時に媒介依頼者に対して「建物状況調査(インスペクション)」の概要を説明の上、「建物状況調査」の斡旋の有無を確認する、②「建物状況調査」を行った場合には重要事項説明時に買主に対して「調査結果」を説明する、③売買契約締結時に基礎・外壁等の現状(「建物状況調査」を行った場合には、その概要)を売主・買主の相互に確認し、その内容を売主・買主に書面(合意書)で交付する、という3つの義務を定めました。
このように、宅建業者が媒介契約締結時に「建物状況調査」の斡旋を行うことで、「建物状況調査」が広く普及し、売主及び買主は建物の現状を踏まえて売買を検討することができます。しかし、「建物状況調査」は、国の定める一定の講習を受けた建築士である「既存住宅状況調査技術者」が、基礎・柱等のひび割れや雨漏り等の一定の対象部位の劣化・不具合を、目視・計測等の非破壊の方法によって調査するものなので、中古住宅に存在するすべての欠陥を調査するものではありません。「建物状況調査」で判明しなかった欠陥については、本件のように瑕疵担保責任の問題に発展する可能性は残ります。
なお、あなたは、「建物状況調査」の対象外の部位の検査や、目視・計測以外の方法による詳細な検査を希望する場合には、別途オプションでの検査を求めることも可能であり、また、既存住宅瑕疵保険に加入することで瑕疵の修補費用の保障を受けることが可能な場合もあります。
物件購入前の段階で「建物状況調査」を行うためには、物件所有者の承諾が必要となり、検査費用もかかりますが、「建物状況調査」や「既存住宅瑕疵保険」を上手く利用することで、中古住宅購入に対する不安や購入後のトラブルを軽減することができるでしょう。
まとめ
中古住宅の売買では、個々の中古住宅ごとに築年数やその劣化状況は様々であり、よくメンテナンスされた中古住宅もあれば、本問のように構造安全上の問題を抱えた住宅もあります。中古住宅の欠陥のすべてを検査することは難しいですが、事前に「建物状況調査」を行い、中古住宅に関するより多くの情報を買主に提供することで、購入後のトラブルを減少させることができるでしょう。