不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
融資利用の特約(ローン特約)に基づく売買契約の解除
Q
私は、仲介業者Aの仲介により、平成28年11月5日、売主Bとの間でマンションの売買価格を6000万円とする売買契約を締結し、マンションの引渡しと代金の支払期日を同年12月20日と定め、売買契約当日に手付金600万円を支払いました。私は、売買代金の資金として、金融機関からの融資を利用することを予定していたため、売買契約条項には、同年12月5日を解除期限とするローン特約条項を付していました。
私は、売買契約締結後、早速、金融機関に対して融資の申し込みをしましたが、同年12月3日、支払い能力不足を理由として融資が不承認との審査結果がでました。仲介業者Aから融資の承認が得られないときは、早めに契約を解除する旨の連絡くださいと言われていたものの失念してしまいました。同年12月7日に仲介業者Aに、「融資承認が得られなかったので、売買契約を解除したい。既に支払った手付金600万円を返して欲しい」との連絡を入れ、その旨を売主Bに対して連絡して欲しいと伝えました。
しかし、仲介業者Aから「ローン特約に基づく売買契約の解除の期限」である5日は既に過ぎているため、ローン解除(ローン特約に基づく売買契約の解除)はできない。「売買契約を解除するのであれば、手付金は返還できない」と言われました。また、仲介業者Aを通じて売主Bへローン解除したい旨を伝えてもらいましたが、売主Bも解除期限である5日を過ぎていると言い張り、手付金を返してくれません。
私は、手付金を諦めなければならないのでしょうか。
A
ローン特約に基づく売買契約の解除の可否
もし、この売買契約のローン特約条項が、解除条件型(当然失効型)の特約である場合には、ローン解除が有効に認められ、売買契約の効力は、「融資の不成立」とともに当然に失われます。したがって、あなたは、売主Bに対し、手付金の返還を要求することができるでしょう。
しかし、あなたと売主Bとの間で締結した売買契約のローン特約条項は、解除権留保型(解除権行使型)の特約であると思われます。多くの不動産売買契約は、解除権留保型のローン特約条項です。その場合には、期限内に解除の意思表示をすることが解除要件となります。あなたはこの期限を過ぎてから売主に対し解除の連絡をしていますので、ローン解除をすることができません。もし契約を解除するのであれば、手付金を放棄して解除する必要があるので、手付金は諦めなければならないでしょう。
解説
1.ローン特約条項
不動産の売買においては、売買価格が高額であるため、多くの買主は、金融機関からの融資を利用しています。買主は、金融機関から融資を受けるために、売買契約締結後、金融機関に対して融資の申し込みを行い、金融機関から融資の承認を受ける必要があります。しかし、融資審査において、買主の支払い能力や物件の担保価値に問題があると判断されれば、融資は不承認となり、買主は融資が受けられないケースもあります。融資が不承認となった買主は、他に資金手当ての目処がつかなければ、売買代金の支払いができず、債務不履行責任を負うことになるため、契約を解除する必要があります。
売買契約締結後に、買主の都合で一方的に売買契約を解除するには、本来であれば、買主は、売主・買主間で定めた期限までに、手付金を放棄して手付解除をするという方法を取る必要があります。しかし、金融機関からの融資承認が得られるかどうかは不確定な事項であり、手付放棄のリスクを常に買主だけに追わせることは酷ともいえます。
そこで、金融機関からの融資を利用することが予定されている売買契約では、多くの場合、売買契約条項の中にローン特約条項が設けられており、融資の承認が得られなかった場合には、買主は売買契約を無条件で解除することが認められています。
2.誠実義務
ローン解除の要件となる「融資の承認が得られなかった場合」とは、融資が不承認となった結果について買主に帰責事由がないことが必要となります。したがって、融資が承認される見込みであるにも関わらず、買主が購入意欲を喪失した等の一方的都合により、故意に融資申込みを怠ったたり、融資審査に誠実に取り組まなかった場合には、ローン特約条項による無条件解除は認められません。
これは、売買契約においてローン特約を付した買主は、無条件解除という利益を享受する以上、売買契約締結後すみやかに金融機関に融資申し込みを行い、融資契約成立にむけて誠実に努力すべき信義則上の義務を負っているからです。
3.解除条件型と解除権留保型
ローン特約条項による解除には、解除の効力の発生要件に関し、次の2つの考え方があります。一つ目は①融資が不承認となった場合には、売買契約は当然に効力を失うとして、融資の不承認を解除条件とする解除条件型(当然失効型)、そして二つ目は、②売買契約の解除権を買主に留保したとする解除権留保型(解除権行使型)の考え方です。
①解除条件型(当然失効型)では、融資が不承認となった事実によって、当然に売買契約の効力が失われるため、ローン特約条項で定めた期限内に融資不承認の結果が生じれば、売買契約は自動的に解除となり、売主に対する解除の通知は要件ではありませんが、②解除権留保型(解除権行使型)では、融資不承認となった後、買主が留保されていた解除権を行使することが要件となるため、買主は、解除権の行使期間(解除期限)内に、売主に対し解除の意思表示をしなければなりません。解除権の行使期間(解除期限)が経過した後には、ローン解除を行うことができません。
このように融資の不承認の事実が生じても、ローン特約条項が上記2つのどちらの型かにより、売買契約の効力が失われる時期に違いが生じます。従って売買契約にローン特約条項を設けた場合には、①②のどちらの趣旨で定めているのかを、売主・買主の双方で明確にしておく必要があります。又、②解除権留保型(解除権行使型)では、解除権の行使期間(解除期限)を明確にする必要があります。
4.本件売買契約のローン特約条項
本件では、同年12月5日を解除期限とするローン特約条項を付しています。この記載から見ると、解除権留保型のローン特約条項であると思われます。しかも、解除権の行使期間(解除期限)は、同年12月5日です。従って、あなたは、融資不承認の事実が生じた場合、同年12月5日までに、売主に対し解除権の行使(解除の意思表示)を行う必要があります。しかし、あなたは、平成28年12月3日に融資不承認の事実が発生していたにもかかわらず、仲介業者Aに対し同年12月7日に解除の意思を伝えました。これは、解除権の行使期間(解除期限)が経過後の解除の意思表示でありローン解除が成立しません。有効なローン解除である為には、解除期限内に売主に対し解除の意思表示が到達する必要があるからです。
従って、売主に対しローン解除を主張し、手付の返還を求めることはできません。