相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
「やっぱり相続する。」は認められない。相続放棄の取消について
今年も、猛暑がやってきました。
また、梅雨明けしていないのに、40度近い気温になっている地域が、沢山あります。
こういう時期は、外出したくないものですが、幸い今は、調停も訴訟も、ほとんどWebか電話で行えますので、外出の機会は多くありません。
一日で3件や4件の裁判をこなしても、一歩も事務所から出ないという日もあります。
遠方の事件でも、現地の裁判所に行かなくて良いのですから、依頼者は、日当どころか交通費すら負担する必要がありません。
いい時代になったものです。
さて、今日は、相続放棄の取消のお話です。
相続人は、原則として、自分が相続人になったことを知ってから3か月以内であれば、相続を放棄することができます。
相続放棄は、相続が発生した場所の家庭裁判所に、相続放棄の申述をすることにより行いますが、実際の手続は、家庭裁判所に相続放棄の申述をする書類と戸籍等の必要書類を提出します。
相続放棄の申述をする書類と戸籍等の必要書類の提出があると、通常、家庭裁判所から意思確認の書類が送られてきますので、これを返送します。
後は、家庭裁判所から相続放棄の申述の受理証明書という書類が送られてきて、手続は終了します。
では、一旦相続放棄の申述が受理された後に、相続放棄を取り消して、もう一度相続人に戻ることはできるでしょうか。
最近、実際に、私の依頼者が相続人の1人となっている遺産分割事件で、他の相続人の1人が、「相続放棄の手続を取ったが、やっぱり相続する。」と言い出したことがありました。
具体的なケースで考えてみましょう。
Aが亡くなり、法定相続人は、長男X、次男Y及び長女Zの3人でしたが、長男Xが相続放棄の手続を取りました。
このため、次男Y及び長女Zの2人だけで、遺産分割の協議をしていると、長男Xが、「相続放棄の手続を取ったが、やっぱり相続する。」と言い出しました。
長男Xの言い分は、まだ、相続放棄ができる期間の3か月が過ぎる前だから、一旦相続放棄をしても、撤回することができるというものでした。
このようなことは認められるでしょうか。
まず、一旦した相続放棄は、撤回することはできません。
つまり、相続放棄したけど、気が変わったので、やっぱり相続することにしたということは認められません。しかも、自分が相続人となったことを知ったときから3か月以内であっても、一旦行った相続放棄を撤回することはできません。
従って、先ほどのケースの長男Xの言い分は、認められません。
ただ、認められていないのは、あくまで相続放棄の撤回であって、民法の他の規定による相続放棄の取消は、認められます。
たとえば、未成年者が、親権者等の法定代理人の同意を得ずに相続放棄をした場合や詐欺や脅迫により相続放棄をした場合です。錯誤による取消も、同様でしょう。
先ほどのケースの長男Xが未成年者ではない場合、長男Xは、詐欺、強迫あるいは錯誤があったことを主張して、相続放棄の取消を主張することは可能です。
では、この相続放棄の取消は、どのような手続で行うのでしょうか。
民法の条文には、相続放棄の取消しをしようとする者は、「その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。」と定められています。
従って、長男Xは、相続放棄の手続をした家庭裁判所に、今度は、相続放棄の取消の申述をすることになります。
相続放棄の取消の申述を受けた家庭裁判所は、この取消の申述が本人の真意に基づいているかどうかを確認し、本人の真意に基づいていることが確認できれば、相続放棄の取消の申述を受理することになります。
しかし、ここで一つ、大きな疑問が出てきます。
それは、相続放棄の取消の申述で主張された取消の理由について、家庭裁判所は、審理しないのかという疑問です。
例えば、長男Xが、次男Yが長男Xに説明した遺産の内容が嘘であり、高額な遺産が隠されていたので、詐欺により相続の放棄をしたと主張して、相続放棄の取消の申述をした場合、この申述を受けた家庭裁判所は、長男Xの主張する事実があったのかを、審理しないのでしょうか。
この点について、相続放棄の取消の申述で主張された取消の理由については、家庭裁判所の審理の対象外であるとする裁判例がかなりあり、これが、実務の大勢のようです。
では、どこで長男Xの主張する事実があったのかを、審理するのでしょうか。
それは、地方裁判所の訴訟です。
訴訟のやり方としては、いろいろ考えられますが、一つのやり方として、次男Yや長女Zは、改めて長男Xを被告として、長男Xが相続放棄の取消の申述で主張した取消の理由は認められないので、長男Xの相続放棄は有効であるから、長男Xは相続権がないという訴訟(相続権不存在確認請求訴訟)を地方裁判所に提起し、地方裁判所で決着をつけることができます。
相続放棄の取消の申述についての相談は、大変珍しいので、このコラムで取り上げてみました。
参考になりましたでしょうか。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。