相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
物件の管理を息子に任せたい、ちゃんと面倒も見て欲しい!信託契約制度を利用した老後対策
新型コロナウィルスの感染は、我々の業務にも大きな影響を与えています。
緊急事態宣言が出たことにより、東京地方裁判所や東京家庭裁判所において4月7日から5月8日までの間に予定されていた裁判期日や調停期日は、原則として、全て延期になりました。
また、個人の確定申告の期限は、1ヶ月延長されて4月16日となり、相続税の申告期限の延長申請も認められています。
私も、最初のうちは溜まっていた仕事を片付けていましたが、段々と仕事がなくなってきました。時間に余裕があるのは嬉しいのですが、仕事が先送りになるということは、収入も先送りになるということですので、ちょっと心配です。
さて、今日は、民事信託についてお話ししたいと思います。
先日、ある大家さん(Aさん)からこんな相談を受けました。
Aさんの相談は、都内にアパートを3棟所有していますが、もう75歳と高齢であり、最近物忘れも激しくなってきたので、アパートの管理を長男Bさんに任せて、後はのんびり暮らしたいが、どうしたらいいかというものでした。
管理を任せるだけならば、管理会社と契約すれば良いのですが、アパートの所有者をAさんのままにしておくと、今後、Aさんが認知症になり、自分の財産を管理する能力がなくなると、管理委託契約はもちろん、入居者との賃貸借契約の締結や更新、修繕の注文など、さまざまな契約ができなくなってしまいます。もちろん、銀行等も、本人の委任がなければ、高額の預金の引き出しなどを認めません。こうなると、アパート経営は行き詰ってしまいます。
多くの場合、こうした状況になる前に、アパートの所有者と親族が任意後見契約を締結したり、裁判所に成年後見人を選任してもらったりして、所有者本人に財産管理能力がなくても、任意後見人や成年後見人が所有者の代理人として、所有者の財産を管理することになります。
しかし、任意後見や成年後見は、あくまで本人の財産を管理し、本人の生活を維持することを目的とする制度ですので、法律上制約から、あまり積極的な財産管理はできません。
例えば、古くなったアパートを建て替えたり、新たに借入れをして新しいアパートを建てることは、原則としてできません。当然、相続税対策もできません。
そこで、こうした積極的な財産管理を希望する依頼者には、民事信託契約を利用するという選択肢があることをお話ししています。
民事信託契約とは、ある人(委託者)が、自分の持っている財産を他の人(受託者)に預け、その財産を管理してもらって、そこから生じる利益を特定の人(受益者)に渡すことを約束する契約です。
最初にあげたケースでは、AさんとBさんの間で、Aさんの所有するアパートやその他の財産をBさんに預け、その財産を管理してもらって、アパートの賃料収入などをAさんやAさんの奥さんの老後の生活のために使うというものです。
この場合、Aさんが委託者、Bさんが受託者、AさんやAさんの奥さんが受益者となります。また、AさんがBさんに預けるアパートやその他の財産を、信託財産と言います(親の財産を管理して、親の面倒を見ることを目的とする信託では、委託者=受益者となるのが一般的で、このような信託を、自益信託と言います。)。
ここで注意しなければならないのは、Aさんの財産をBさんに「預ける」と言っても、その方法は、所有権を移転するという形をとることです。
つまり、Aさんの所有するアパートなどの財産の所有権は、信託契約によってBさんに移転するのです。
もちろん、Bさんは、所有者になったからと言って、なんでも好きにできるわけではありません。信託契約に定められた信託の目的に従って、信託契約で与えられた権限の範囲内で、信託財産を管理するのです。
逆に言えば、信託契約に定められた信託の目的に従って、信託契約で与えられた権限を行使するのであれば、ある程度自由に信託財産を管理することができるのです。
もし、積極的な財産管理を望むのであれば、AさんとBさんが信託契約を締結する際に、それができるように信託契約の内容を決定すれば良いのです。
このため、アパートの建て替え、借入れによる新規建設、相続税対策など、任意後見人や成年後見人ができないことも、信託契約の内容によっては可能になるのです。
「ちょっと待って。Aさんの財産の所有権をBさんに移転すると、Bさんがそれなりの代金を払わないと贈与になってしまい、贈与税を取られるのでは?」と心配される方もいらっしゃると思います。
しかし、税法上、自益信託の場合は、委託者=受益者であり、実質的に利益の移転はありませんので、Bさんが何も対価を支払わなくても、Bさんが贈与税を課されることはありません。
このように、民事信託契約は、任意後見人や成年後見人ができないような積極的な財産管理を実現するものですが、さらに、現行の相続制度では認められていないような形の相続も可能にします。
少し長くなりましたので、民事信託契約と現行の相続制度との関係については、次回お話ししたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。