相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
注目すべき最近の最高裁判例 共同相続人間の無償の相続分の譲渡の取り扱い。
令和元年7月1日に、昨年成立した相続法の改正法の大部分が施行されました。
今回の改正は、かなり大幅な改正ですので、これから相続にかかわる可能性のある一般の方も、その内容をある程度知っておいたほうがよいと思います。
このコラムでも、来月から何回かに渡って、改正法を取り上げたいと思います。
また、現在、相続の法律Q&Aも、改正法を反映したものに改訂する作業を進めています。
さて、今回は、共同相続人間の無償の相続分の譲渡の取り扱いについて、昨年10月に言い渡された最高裁判所第2小法廷の判決を取り上げたいと思います。
まず、相続分の譲渡とは何かについて、説明したいと思います。
相続分の譲渡とは、相続人が他の人に対し、相続財産全体に対する自分の共有持分あるいは相続人としての地位を譲渡する意思表示です。分かりやすく言えば、自分の相続人としての権利を、全てそのまま他の人に譲り渡すということです。
このような相続分の譲渡が認められることについては、実務上特に異論はなく、家庭裁判所で行われる遺産分割調停においても、遺産に興味のない相続人や遺産分割調停に参加することが煩わしいと思う相続人が、他の相続人に相続分を譲渡して、遺産分割調停の当事者から抜けてしまうことは、しばしば見られるところです。
また、相続分の譲渡には、特別な形式は要求されておらず、当事者間の合意だけで成立するとされています。
ここで、具体的なケースで、相続分の譲渡を見てみましょう。
たとえば、妻Bと長男C及び二男Dの2人の息子がいるAが亡くなった場合、法定相続分は、Bが2分の1、C及びDがそれぞれ4分の1ですが、BがCに対して相続分の譲渡をすると、Cの相続分は4分の3になります。
Aの遺産が、自宅の土地・建物(時価5000万円)と預貯金5000万円であるとすると、相続分の譲渡を受けたCは、上記の遺産の評価額の合計1億円のうちの4分の3にあたる7500万円分の遺産を取得する権利を持つことになります。
もちろん、具体的な遺産の分け方は、CとDの合意によって決まりますので、誰が、どの遺産を、どれだけもらうかは、最終的に遺産分割協議ないしは遺産分割調停の内容によることになります。
たとえば、Cが少し譲って、自宅の土地・建物と預貯金2000万円をもらい、Dは、預貯金3000万円をもらうという遺産分割協議が成立することもあります。
問題となるのは、この後、Bが亡くなった場合のBの遺産相続です。
この場合、Bの相続人は、CとDだけであり、また、法定相続分は、それぞれ2分の1ですから、仮に、Bの遺産が1000万円の預貯金であったとすると、CとDは、遺産分割によってそれぞれ500万円ずつ取得するということになるのでしょうか。
Cからすると、上記の結論に異論はないでしょう。
しかし、Dは、次のように主張するでしょう。
「Cは、Aの遺産分割のとき、Bから無償で相続分の譲渡を受けている。Aの相続におけるBの法定相続分は2分の1だから、Aの遺産の評価額の合計が1億円だったので、Bは、Cに無償で相続分を譲渡することによって、5000万円分の遺産を取得する権利をタダでCにあげたことになる。これは、生前贈与に等しいので、Bの遺産相続において、特別受益として持ち戻すべきだ。」
このDの主張が認められると、Bの遺産分割において、Cは、Bから譲渡を受けた相続分を特別受益として持ち戻すことになります。
この点について、平成30年10月19日に下された最高裁判所第2小法廷の判決は、「共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるといえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」にあたる。」と判示しました。
ちょっと難しい話になりますが、「民法903条1項に規定する「贈与」にあたる。」とは、どういう意味でしょうか。
民法903条1項は、特別受益についての条文ですが、この条文では、被相続人から相続人への生前贈与がすべて特別受益になるとは定めておらず、婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与が、特別受益となると定めています。
つまり、特別受益となるためには、①婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として、②贈与したことが必要となります。
上記の最高裁判例は、共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡について、上記②「贈与」にあたるとしたものです。
従って、ある遺産分割において相続分の無償譲渡があった場合に、それが、上記①の婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としてのものかどうかは、個別の事案によることになります。
もっとも、譲渡した相続分の評価額がある程度の金額となるときは、生計の資本としての贈与になるでしょう。
今回の設問のケースにおけるBからCへの相続分の無償譲渡は、5000万円分の遺産を受け取ることができるものですから、生計の資本としての贈与であり、特別受益といってよいでしょう。
この場合、Cは、Bの遺産分割において、譲渡を受けた相続分の評価額を持ち戻し、この持ち戻した額と死亡時のBの遺産の額を合計して、Bの遺産の総額が決まります。
譲渡を受けた相続分をどのように評価するかは、少し難しいので、ここではとりあげませんが、仮にCがBから譲渡を受けた相続分の評価額を5000万円とすると、これにBの預貯金1000万円を足した合計6000万円が、Bの遺産の総額となります。
そうすると、CとDの法定相続分は、それぞれ2分の1ですから、Dは3000万円取得できるはずですが、実際の遺産は1000万円しかありませんので、Bの遺産である預貯金1000万円は、すべてDが取得することになります。
また、Dの遺留分は、Bの遺産の総額の4分の1ですから、1500万円相当額となりますが、上記の1000万円では足りませんので、Dは遺留分を500万円侵害されていることになります。そこで、さらにDは、Cに対して、遺留分減殺請求をすることになります。
今回は、少し難しい話でしたが、相続分の譲渡があった場合、次の譲渡した人の相続では、特別受益の問題となることを覚えておくとよいでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。