相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
住む予定がないのに配偶者居住権を主張する?配偶者以外の相続人が得をするための配偶者居住権の主張
段々と暖かくなり、春が近づいてきています。
今のところ、新型コロナウィルスの感染状況も収まっており、3月13日からは、屋内・屋外を問わず、マスクの着用が個人の判断に委ねられることになりました(ただし、当分の間は、満員電車や医療機関などでは、マスクの着用が推奨されるそうです。)。
これでやっと、マスクから解放される、と言いたいところですが、今は、ちょうど花粉の飛散量が最大になる時期なので、花粉症の私としては、結局、当分の間は、マスクを手放せないようです。
さて、今回は、配偶者居住権のお話です。
平成元年7月1日から施行された民法の改正で、配偶者居住権という制度が創設されました(詳しくは、相続の法律Q&Aを見てください。)。
配偶者居住権が認められる条件は、次の2つです。
1 配偶者が相続開始の時に被相続人所有の建物に居住していたこと
2 その建物について配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈、死因贈与がなされたこと
この配偶者居住権を巡って、こんな事件が進行中です。
Aさんが亡くなり、相続人は、妻B、長男C及び長女Dの3人です。遺産としては、預貯金(2000万円)と都内にある自宅の土地及び建物(時価4000万円)です。
長男Cは、亡くなったAの自宅の近くにあるC所有のマンションに住んでいますが、長女Dは、静岡市に住んでいます。また、妻Bは、Aが亡くなる直前に、東京都内の施設に入居しています。
Aの相続について、東京家庭裁判所で調停が行われており、私は、Dの依頼を受けて、Dの代理人として、調停に参加しています。
実は、この調停で、Bから、ちょっと奇妙な主張が出ています。
施設に入っているBから、配偶者居住権を取得したいという主張が出ているのです。
Bは、Aが亡くなる直前に、東京都内の施設に入居したのですから、もう配偶者居住権など必要ないはずですが、なぜか配偶者居住権を取得し、自宅に戻ると言うのです。
先ほどお話ししましたが、配偶者居住権が認められるためには、配偶者が相続開始の時に被相続人所有の建物に居住していたことが必要です。
この「居住していたこと」の意味について、被相続人が亡くなったときに、配偶者が病院や施設にいて被相続人所有の建物に居住していなかったとしても、配偶者の家財道具や衣類などがその建物にあり、配偶者が後に戻ってくることが予定されていて、その建物が配偶者の生活の本拠としての実体を失っていなければ、「居住していたこと」になるとされています。
この調停でも、Bは、施設に入居しているが、それは一時的なことで、後に自宅に戻る予定であると主張していて、このBの言葉が事実であるとすると、Bに配偶者居住権が認められる可能性があります。
しかし、私がDに聞いたところによると、Bは要介護2であり、Aが元気なときは、AがBの世話をしていたが、Aが入院してBの世話をできなくなったために施設に入り、Aが亡くなったので、そのまま施設にいるということでした。
この話が事実であるとすると、Bは、自宅に帰っても、一人で暮らすことは困難ですから、「後に自宅に戻る予定である。」というBの主張は、ちょっと信用できません。
しかも、このBの主張について、Cが賛成しており、自分が配偶者居住権のついた自宅を取得し、Bの面倒を見ると言い始めました。
しかし、ここでもDの話によると、Cは、自宅の近くに住んでいても、いままで両親の面倒など見たことはなかったので、Cが急にBの面倒を見るなどと言い出しても、とても信用できないということでした。
このDの話から見えてくる筋書きは、CがBに対して、配偶者居住権を取得すると言わせているのではないかということです。
Bが配偶者居住権を取得し、また、CはBの配偶者居住権のついた自宅を取得し、その後、早期にBの配偶者居住権を消滅させて、Cが自宅をまるまる手に入れようという計画ではないでしょうか。
では、この計画に、何のメリットがあるのでしょうか。
Cが自宅の土地及び建物を手に入れるには、自分の相続分である1500万円では、2500万円足りません。
しかし、自宅の土地及び建物にBの配偶者居住権が認められれば、その評価額分を差し引いた金額が、自宅の土地及び建物の評価額となります。
配偶者居住権の評価額の計算方法については、いろいろな考え方がありますので、ここでは割愛しますが、仮にBの配偶者居住権が認められ、その評価額が1000万円とすると、自宅の土地及び建物の評価額は、4000万円から1000万円を差し引いた3000万円ということになります。
これに対して、Cの相続分は1500万ですから、あと自分の財布から1500万円出せば、自宅の土地及び建物を手に入れることができ、かなりディスカウントされることになります。
しかも、配偶者居住権は、原則として居住している配偶者の死亡まで存続しますが、配偶者の存命中でも、遺産分割などで定めた存続期間の満了や建物の所有者による消滅請求などにより消滅してしまいます。
この建物の所有者による消滅請求は、建物に居住している配偶者が、建物を適正に管理しなかったり、所有者の承諾を得ないで建物を第三者に貸したりしたときに、建物の所有者が配偶者に是正を求め、配偶者がこれに従わない場合に、配偶者に対する意思表示で、配偶者居住権を消滅させるというものです。
Bが、自宅に帰っても一人で暮らすことは困難であるとすると、当然、自宅を適正に管理することなどできませんから、Cは、いろいろと理由をつけて、建物を適正に管理していないとして、配偶者居住権の消滅請求をするでしょう。
もちろん、Bは、抵抗など出来ないでしょうから、Cの言いなりとなってしまうと思います。
というより、最初から、BとCは、遺産分割によりBが配偶者居住権を取得し、Cが自宅の土地及び建物の所有権を取得したら、少しほとぼりを冷ました後、Cを施設に帰す計画で動いているのではないでしょうか。
現在は、調停中ですが、もし調停が不調になれば、審判に移行し、裁判官が遺産の分け方を決めることになります。
その際、こちらとしては、裁判官がBの配偶者居住権を認めないように、Bは自宅に帰っても一人で暮らすことは困難であり、「後に自宅に戻る予定である。」というBの主張が信用できないものであることを裏付ける資料を集めておく必要があります。
なかなか難しい作業です。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。