

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
何ももらわないのだから、責任ないよね?遺産をもらわないことと相続放棄の違い
ここのところ、何件か遺言書の検認手続の申立を行い、検認に立ち会っています。
遺言書の検認手続は、裁判官が、家庭裁判所の審判廷で、自筆証書遺言書を手にとって見た上で、さらに、保管状況や発見時の状況などを申立人に確認します。また、検認手続きでは、法定相続人全員に対して呼び出しがありますので、相続人が出席していれば、筆跡や印鑑が遺言者のものかどうかの意見を聞くなどします。
自筆証書遺言は、封筒に入っていたり、入っていなかったり、また、ちゃんとした便せんに書いてあったり、日記や紙切れに書いてあったりなど、その形状はさまざまです。
自筆証書遺言が封筒に入っていて、封がしてある場合は、裁判官(または書記官)がその場で封を切り、中から遺言書を取り出しますが、場合によっては、裁判官が遺言書を取り出すまで、遺言書の内容が分からないこともあります。
このような場合は、何が書いてあるかわからないので、集まった相続人たちは、結構ドキドキするようです。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回は、遺産をもらわないことと相続放棄の違いについて説明します。
最近、こんな相談がありました。
Aのお父さんが亡くなり、Aさん、お母さん、弟さんの3人で遺産分割協議をしたそうです。
その結果、お父さんの遺産は、全てお母さんが相続することになり、Aさんは、何ももらわなかったそうです。
ところが、その後、Aさんのところに、お父さんの借入債務の債権者から、支払いを求める書類が来たので、Aさんが、その債権者の営業所に行き、「自分は、遺産を放棄して、何ももらっていないので、父の借金を払う必要はないと思う。」と話したところ、債権者から、「放棄した書類を見せてほしい。」と言われたそうです。
そこで、Aさんが、債権者に、遺産分割協議書を見せると、「この書類では、相続放棄をしたことにはならないので、あなたは、お父さんの借入債務を相続したことになります。」と言われたそうです。
このAさんのように、「相続財産はいらない。」と言って何ももらわないことと相続放棄の違いを分かっていない人が、ときどきいらっしゃいます。
「自分は放棄したから。」という人に、「裁判所で放棄の手続きを取りましたか?」と聞くと、「取っていないが、何ももらっていないから。」と言われるのです。
相続放棄をするためには、家庭裁判所に行って、相続放棄の申述という手続きを取らなければなりません。
しかも、「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」に、この手続きを取らなければならないのです。大雑把に言えば、自分が相続人となったということを知ってから3ヶ月以内ということです。
この3ヶ月という期間は、裁判所に申請すれば、延長することができますが、何もせずに3ヶ月が過ぎてしまうと、相続を承認したことになり、もう相続放棄ができなくなってしまいます。
相続放棄をするとどうなるかというと、相続放棄をした人は、相続人ではなかったことになります。つまり、相続人としての地位が、一切なくなるということです。
ですから、遺産について何の権利もなくなりますが、相続債務についても、一切責任を負わないということになります。
これに対して、相続人が、相続放棄の手続きをとらずに、単に遺産分割協議で遺産をもらわないことに決めた場合は、その相続人は、遺産はもらえませんが、相続人としての地位は残ってしまいます。
従って、被相続人に借金があれば、その方の相続人として、法定相続分に応じて、支払いを求められることになります。
Aさんに、上記のような説明をすると、「いやいや、借金も含めて、全て母親が引き継ぐと言うから、自分は何ももらわなかった。そういう協議が成立しているのだから、母親に全責任があるのではないですか。」と質問されました。
しかし、相続人間の協議は、その協議をした相続人を縛るものであって、被相続人の債権者には効力がありません。
もし相続人間の協議が被相続人の債権者に効力があるとすると、遺産分割協議によって、遺産は全部Xさんが相続し、相続債務は全部Yさんが相続すると決めて、Yさんが破産手続きを取れば、簡単に相続人の借金を帳消しにすることができてしまいます。
もちろん、「借金も含めて、全て母親が引き継ぐ。」という約束は、相続人間では有効ですから、もしAさんがお父さんの債権者に支払いをしたときは、お母さんに対して、支払額を請求することはできます。
このように、遺産をもらわないことと相続放棄をすることは、違いますので、注意をしてください。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。