相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
無効な遺言とは言えないかも?訂正のある自筆証書遺言の効力
今年のゴールデンウィークは、2年ぶりの行動制限のないゴールデンウィークだったので、ほとんどの観光地が大勢の人でにぎわい、電車や飛行機も、満席あるいは満席に近い状態だったようです。
私も、と言いたいところですが、実は、長女の2人目の子供(私にとっては孫)の出産予定日が、ゴールデンウィークのど真ん中だったため、今年のゴールデンウィークは、どこにも行かず、ひたすら家の中にいました。
どこにも行かず、家の中で、観光地の賑わいの様子をニュースで見ていると、こういう普通の生活を送れることが、平和ということなのだと、実感しました。
さて、今回は、自筆証書遺言の訂正のお話です。
先日、ある男性(Aさん)から、こんな相談を受けました。
Aさんには、両親と兄Bがいますが、先日、お父様が亡くなりました。Aさんがお父様の遺品を整理していたところ、自筆証書遺言が見つかり、その自筆証書遺言には、「自分の財産は、全て妻〇〇子に相続させる。」と書いてありました。
その自筆証書遺言は、ボールペンで書いたもののようでしたが、さらに、そのボールペンで書いた字の上から、鉛筆で、「妻〇〇子」の部分の横に、「Aを追加」と書いてありました。
Aさんから、ここまで話を聞いたとき、私は、きっとAさんの相談は、「『Aを追加』という部分は有効でしょうか?」ということなのではないかと予想しました。
しかし、Aさんの相談は、「『自分の財産は、全て妻〇〇子に相続させる。』という元の遺言自体が有効でしょうか?」というものでした。
Aさんの説明は、「自分と母は、Bと仲が悪く、しかも、Bは、何年か前に米国に行ってしまい、現在の正確な住所はわからない。自分としては、母が父の全財産を相続することに異論はない。もしこの遺言が無効となってしまうと、Bと遺産分割協議をしなければならなくなるが、Bの居場所を探すのは大変だし、居場所が分かっても、Bと話をしたくない。だから、『自分の財産は、全て妻〇〇子に相続させる。』という元の遺言自体が有効であると助かる。」というものでした。
自筆証書遺言をするには、遺言者がその全文と日付および氏名を自書(自分で書くこと)し、これに押印をしなければなりません(ただし、平成30年の相続法の改正で、自筆証書遺言に添付する財産目録だけは、自書しなくてもよいことになりました。)。
この自筆証書の文章に訂正を行う場合には、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記してとくにこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければその効力を生じません。
Aさんのお父さんの自筆証書遺言のボールペンで書かれた部分は、「遺言者がその全文と日付および氏名を自書(自分で書くこと)し、これに押印しなければならない。」という要件を全て充たしており、有効な自筆証書遺言と言えます。
問題は、「妻〇〇子」の部分の横に鉛筆で書かれた「Aを追加」という部分です。
これは、自筆証書の文章の訂正に当たりますから、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記してとくにこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければその効力を生じません。
しかし、鉛筆で書かれた「Aを追加」という部分には、それ以外には何も書かれておらず、訂正のための印も押してありませんでした。つまり、鉛筆で書かれた「Aを追加」は、法律で定めた訂正の方式を充たしていなかったのです。
このような場合、原則として、遺言書全体が無効になるのではなく、訂正箇所だけが無効となります。
従って、Aさんのお父さんの自筆証書遺言は、遺言書全体として有効ですが、鉛筆で書かれた「Aを追加」という部分は無効となりますので、結局、「自分の財産は、全て妻〇〇子に相続させる。」というボールペンで書かれた部分が有効な遺言ということになります。
このように、「『自分の財産は、全て妻〇〇子に相続させる。』という元の遺言自体が有効であると助かる。」というAさんの希望は叶いそうです。
しかし、残念ながら、Aさんが「大変だ。」と言っていたBの居場所を探す作業は必要になります。
Aさんのお父さんの遺言書は、自筆証書遺言ですので、家庭裁判所で「検認」という手続きをとらなければなりません。この手続きをとっていないと、法務局も金融機関も、Aさんのお父さんの遺言書を正式なものとは認めてくれません。
そして、家庭裁判所で「検認」手続きをとるには、「検認」の申立をする必要があり、申立に当たっては、申立書に、全ての相続人とその住所の記載が必要です。
これは、家庭裁判所が検認手続きを行う際に、全ての相続人に検認の期日を通知することになっているからです。
この点を説明すると、Aさんから、「もう自分の手には負えないので、検認手続きの申立てを依頼したい。」と言われました。
私としては、まず、Bの住所を突き止めることが必要ですが、Bは数年前に米国に行ってしまい、現在の居場所がわからないということですので、外務省に対して、弁護士会照会制度を利用して、Bの在留先の住所を調査することになります。
一般的に、外務省は、日本国籍を有する生存する日本人の在留先については、弁護士照会に応じてくれています。
このような方法でBの居住先が判明した場合には、「検認」手続きの申立書に上記のBの居住先を記載し、家庭裁判所に提出します。
では、Bの居住先が判明しなかったときは、どうしたらいいのでしょうか。
少し長くなりましたので、この点については、別の機会にお話ししたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。