

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
債務の相続について
今回は、被相続人に不動産や預貯金のようなプラスの財産だけでなく、借金というマイナスの財産(債務)もあった場合、相続にあたって債務がどのように扱われるかについてです。
なお、債務には、ある不動産を引き渡す義務のような分割できない債務もありますが(これを「不可分債務」といいます)、ここでは、こうした不可分債務ではなく、金銭の支払債務のような分割できる債務(これを「分割債務」といいます)についてお話します。
資産はとくになく債務だけが残っているときは、相続人は、債務から免れるためには相続放棄をすればよいので、あまり問題は生じません。
しかし、債務もあるけれども資産もそれなりにあるといったときは、簡単には相続放棄という決断はできません。債務以上に資産があれば、相続することを選択するのがふつうでしょう。
相続人に借金のような分割債務がある場合、その債務は法律上当然に分割されます。したがって、その債務がだれにどれくらい引き継がれるかの問題は、遺産分割対象とはならず、当然に法定相続割合に応じて各相続人に分割されます。
ただし、相続人全員が合意すれば、債務も遺産分割の対象として、だれが負担するかを話し合って決めることも可能です。しかしそれはあくまで相続人の間でだれがどれだけ返済する義務を負うかという相続人内部の決め事にすぎません。その合意の内容を債権者にも主張できるようにするためには、その合意の内容を債権者に承認してもらわなければならないことに注意が必要です。
具体的な例で考えてみましょう。
Aが死亡しました。相続人は、兄と弟の2人です。相続財産としては、5,000万円の土地と1,000万円の預金がありますが、他方で銀行に対する2,000万円の借入金債務もあります。
兄は、土地を相続することを望んでいて、その代わり2,000万円の債務も自分がすべて引き受けて弁済していくとしています。弟にもとくに異論はなく、借金を背負わないでいいなら1,000万円の預金をもらえればそれでよいと考えています。
兄弟の間で、土地と預金は上記のように分割し、2,000万円の債務については兄が返済義務を負うという内容の遺産分割協議を行ったとして、その効力はどうなるでしょうか。
① 債務は、遺産分割協議にかかわりなく、法定相続割合に従い、兄と弟は、それぞれ1,000万円を債権者に返済しなければならないのが原則です。
② ①の結果、債権者である銀行は、兄に対しては1,000万円しか返済を請求できません。他方で、弟に対しても1,000万円の返済を求めることができます。
③ もし弟が銀行の求めに応じて1,000万円を返済したときは、兄と弟の間では債務は兄が全額負担するという合意ができていますので、弟は兄に対して、1,000万円を自分に支払うよう求償することができます。
④ ただし銀行は、兄弟間で成立した債務はすべて兄が負担するという遺産分割協議の効力を承認することができ、その場合は、銀行は長男に対して2,000万円全額の返済を請求することができ、弟に対しては返済を請求できません。
上の例は、相続人間で債務の帰属について遺産分割協議により合意した場合でしたが、相続人が遺言で債務の帰属を指定した場合も同様で、債権者はそうした遺産分割協議や遺言の内容に従う必要はありません。債権者がこれを承認した場合にはじめて、債権者は合意や遺言内容に従った権利行使しかできないことになります。
これは、もし遺産分割協議や遺言で債務を負担する者を自由に決めることを認めてしまうと、債務を返済能力のない相続人に負わせる一方で、資産は他の相続人が相続するということが可能となってしまい、遺産分割協議や遺言に関与することのできない債権者に不当な不利益を及ぼすことになるからです。
債権者としても、もともと1個だった債務が相続によって複数の相続人に分散することは、回収の手間やコスト、相続人の中に無資力の者がいるリスクからみてデメリットもあります。むしろ、資力がある、あるいは価値ある資産を相続する相続人に債務も集中させたいと考えることもあります。
したがって、債権者がある特定の相続人に債務を集中させるという相続人間の合意等を承認することも決してまれではありません。
とくに、相続財産に住宅ローン債務の残っている建物があり、その建物を相続人のうちのだれかが単独で相続する場合には、住宅ローン債務もその相続人が一人で引き継ぐこととしたいのが自然です。
そして、住宅ローンの債権者も、このような場合は、他の相続人は債務を免れて建物を相続する相続人が債務をすべて引き継ぐという免責的債務引受を承認することにより、以後はその者だけを債務者として取り扱うことにするのが実務上は多いです。住宅ローン債務については、不動産に抵当権等の担保が設定されていることが通常なので、債権者としても不動産を相続する者に債務を集中させてもリスクは少ないといえます。
債務については、その存在が簡単には分かりにくいときもあり(とくに連帯保証債務など)、どうすべきか迷うこともあります。迷ったときは専門家に相談されるとよいでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。