相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
相続法の改正間近!?改正内容を押さえておこう その3 遺言制度に関する見直し
桜の花もアッという間に散ってしまい、気がついたらゴールデンウィークになっていました。
さて、今回は、相続法の改正要綱案の第3の遺言制度の見直しについてお話しします(前回のコラムの最後に、「次回は、第3の遺留分制度に関する見直しについてお話しします。」と書きましたが、要綱案の第3は、「遺言制度の見直し」でしたので訂正します。)
遺言制度の見直しには、次の4つの項目があります。
1.自筆証書遺言の方式緩和
2.自筆証書遺言に係る遺言書の保管制度の創設
3.遺贈の担保責任等
4.遺言執行者の権限の明確化等
このうち、このコラムを読まれている方が、最も関心のある項目は、上記の1及び2の自筆証書遺言についての改正だと思います。
また、日頃から、自筆証書遺言にまつわる事件を多数取り扱っている弁護士から見ても、上記1及び2の改正は、仕事をする上でとても助かる改正です。
そこで、今回は、上記の1及び2の自筆証書遺言についての改正を、少し詳しく見ていこうと思います。
まず、自筆証書遺言について、少しおさらいをしておきましょう。
自筆証書遺言をするには、遺言者がその全文と日付および氏名を自分で記載し、これに押印をしなければなりません。誰にも知られずに簡単に作成でき、費用もかからない反面、方式不備による無効や偽造・紛失などの危険があります。
この自筆証書遺言について、要綱案は、まずその方式を緩和しました。
上記のとおり、自筆証書遺言は、遺言者がその全文と日付および氏名を自分で記載しなければなりません。
しかし、財産を沢山所有している方は、自分の持っている財産を全て自分の手で記載するというのは、なかなか大変です。
ましてや、遺言をしようという気持ちになるのは、かなり高齢になってからということが多いので、遺言をする能力があっても、個々の財産の認識が不正確であったり、一部は忘れていたりということがあります。もちろん、高齢や病気などで手や指に力が入らず、多くの文字を書けないということもあります。
ただ単に、一人の相続人に遺産全部を相続させるのであれば、財産を沢山持っていても、例えば「私の遺産は全部長男Bに相続させます。」と書けば足ります。これなら、個々の財産の認識が不正確であっても、また、身体的事情で多くの文字が書けなくても、何とかなります。
しかし、財産を沢山持っていて、自宅土地建物は妻Aに、アパートとその敷地は長男Bに、○○銀行の預金と××信金の預金は長女Cに、△△証券のX社株は次男Dに、それぞれ取得させるというような遺言内容の場合、遺言者は、これらの財産を全部自分の手で書かなければなりません。しかし、高齢の方にとっては、それはなかなか困難です。
しかも、記載を間違えば、遺言者の死後、紛争を引き起こしかねません。
例えば、複数の土地を所有する方が書いた自筆証書遺言で、土地の地番を正確に記載していないと、同じ土地を別々の相続人が重複して相続することになったり、誰も相続人が指定されていない土地が残ったりすることがあり、それぞれ紛争の原因となります。
このような事態を防ぐためには、正確な遺産目録を作り、その遺産目録を見ながら、どの遺産を誰に相続させるか遺言書に書いていくという方法が考えられます。しかし、この場合でも、現行法では、遺産目録自体を遺言者が自筆で全部書かなければならず、とても大変です。
そこで、改正要綱案では、自筆証書遺言に添付する遺産の目録は自書しなくてもよいこととしました。
従って、改正法が施行されれば、遺言者は、誰かに正確な遺産目録を作ってもらい、それを見ながら、何番の遺産は誰に相続させると書くことができるようになり、遺言者の負担はかなり軽減されます。また、同時に、遺産の記載の間違いや書き漏らしがなくなり、遺言者の死後、遺言書の記載内容を巡って紛争が起きることを防止する効果もあるでしょう。
なお、要綱案では、自書していない目録については、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては,その両面)に署名し,印を押さなければならないものとしています。また、この目録に対する加除その他の変更は、本文と同様の方式によらなければならないものとされています。
次に、要綱案では、自筆証書遺言を保管する制度を創設しています。
自筆証書遺言は、遺言者が自分で書くものですから、相続人は、遺言書の所在を知らないということがよくあります。
私の経験ですが、相続人から、絶対に遺言書があるはずだから探してと欲しいと言われ、3階建ての大きな家の隅から隅まで、家捜しをしたことがあります。結局遺言書は見つからず、通常の遺産分割協議となりました。
逆に、遺言書が見つからなかったので、相続人間で遺産分割協議を行い、この協議書に基づいて預金の解約や有価証券の売却を行って現金化し、「さあ、現金を分けよう。」となったときに、被相続人の使っていた古い布袋から表題すらない古い封筒が見つかり、開けてみたら、中に自筆証書遺言が入っていたということもありました。見つけたのは私ですが、遺言書に書いてあった遺産の分け方が、全遺産を5等分して、5つの慈善団体や学術団体に寄付するというものだったので呆然となりました。心の中で、「見なかったことにしよう。」という悪魔のささやきもありましたが、思い直して相続人全員に遺言書が見つかったことを連絡し、検認の申立をしました。遺産をもらえると思っていた相続人は、当てが外れたので、がっかりしていました。
このように、自筆証書遺言は、相続人から見て、遺言書があるのかないのか、あるとしても、どこにあるのかわからないため、いろいろな問題を引き起こします。遺言者からしても、折角遺言書を書いたのに、見つけてもらえなければ浮かばれません。
そこで、要綱案は、自筆証書遺言を保管する制度を創設しました。
要綱案によると、こんなイメージになります。
① 自筆証書遺言の遺言書を書いたAは、その遺言書を法務局に持ち込み、保管を申請します。
② 保管の申請ができる法務局は、法務大臣が指定する法務局で、Aの住所、本籍地、あるいはAさんの所有する不動産の所在地を管轄する法務局です。
③ 保管の申請を受けた法務局は、提出され遺言書が民法の定める方式を守っているか確認した上で、遺言書を預かります。また、その際、遺言書を画像情報化して保存し、法務大臣の指定する法務局からアクセスできるようにします。
④ Aは、いつでも自分の遺言書を保管している法務局に、遺言書の返還や閲覧を請求できます。 この請求は、A自身が法務局に出かけてしなければなりません。
⑤ Aが亡くなると、Aの相続人、遺言書でAから遺産をもらえることになっている人及び遺言書で遺言執行者とされている人は、Aの遺言書を保管している法務局に対し、遺言書の閲覧を申請できます。
また、上記の人は、法務大臣の指定する法務局に対し、Aの遺言書を保管している法務局の名称の証明書及び遺言書の画像情報の証明書の交付を請求できます。
⑥ 法務局は、Aの遺言書の閲覧あるいは画像情報の証明書を発行したときは、閲覧や証明書の発行を請求した人以外のAの相続人などに、Aの遺言書を保管していることを通知します。
⑦ 法務局が保管している遺言書については、検認の手続きをする必要はありません。
これが保管制度の概要です。
この制度が普及して、自筆証書遺言を書いた人が、みな遺言書を法務局に預けるようになれば、公正証書遺言については、現在でも公証役場で検索できますので、ほぼ全ての遺言書を検索できるようになります。
これによって、遺言書を探す手間が省けるとともに、遺言書を見つけられないこと、あるいは予期せぬタイミングで遺言書が見つかったことによる悲喜劇はなくなるでしょう。
次回は、第4の遺留分制度に関する見直しについてお話しします。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。