相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
被相続人の情報は、どこまで調べられる?相続財産についての情報と個人情報保護法に基づく開示請求の可否
東京では、猛暑の時期も過ぎ去り、やっと気温が下がり始めました。新型コロナウィルス対策でマスクをしていると、マスクの下が汗だくになってしまうので、早く涼しい秋が来てほしいと思っています。
もっとも、秋になって気温が下がると、再び新型コロナウィルスが活発化するらしいので、第3波の襲来も怖いところです。
さて、今回は、興味深い最高裁判所判決をご紹介したいと思います。
この最高裁判決の事案は、次のようなものです。
被相続人Aの遺言により、AがY銀行に有していた普通預金口座の預金の一部を相続した相続人Xは、Y銀行に対して、個人情報保護法25条1項に基づいて、被相続人AがY銀行に提出した印鑑届書の写しの開示を請求しました。
個人情報保護法は、このコラムでは初めて出てきたと思いますが、正式な名前は、「個人の情報の保護に関する法律」であり、個人情報の保護のために、個人情報を取り扱う事業者を対象として、個人情報の取り扱いルールを定めた法律です。
この法律の25条1項では、個人は、個人情報を取り扱う事業者に対して、その事業者が保有している自分の情報(個人情報)の開示を求めることができるとしています。
Xは、この規定を根拠として、自分はAがY銀行に有していた普通預金口座の預金を相続したのだから、この預金口座に関する情報は、自分の個人情報にあたるので、その一部であるAの印鑑届書の写しを開示せよとY銀行に請求したのです。
広島高等裁判所岡山支部は、このXの請求を認める判決を下しましたが、Y銀行はこの判決を不服として、最高裁判所に上告受理の申立をしました。
これに対して、最高裁判決は、Aの印鑑届書の情報はXの個人情報に当たらないとして、Xの請求を認めませんでした。
相続に関する事件を受任すると、しばしば亡くなった被相続人の生前の活動や状態に関する情報を集める必要が生じます。
たとえば、遺産分割事件では、まず被相続人の死亡時の預金残高を調べますが、それだけでは足りません。相続人の1人が、被相続人から多額の贈与を受けていたり、無断で被相続人の預金を引き出していたりしている可能性があるときは、生前や死亡後の預金口座の動きを調べるため、預金口座の取引記録を取り寄せる必要があります。
遺言無効確認請求事件では、被相続人の遺言書作成時の遺言能力の有無を判断する資料として、地方自治体が保有する介護認定記録、施設における介護記録、病院のカルテ等を取り寄せる必要があります。
当事務所では、相続に関する事件を多数扱っているため、上記のような被相続人に関する情報の収集を、毎日のように行っています。
上記の情報収集のうち、預金口座の取引記録の取寄せは、相続人の代理人として金融機関に取引記録の提供を求めれば、原則としてこれを拒否する金融機関はありません。
しかし、たとえば、被相続人の預金口座から他の預金口座に高額の振込が行われている記録があった場合に、その振込先の預金口座の名義人について開示請求しても、開示してくれる金融機関はありません。おそらく、振込先の預金口座の情報は、被相続人の預金口座についての情報ではなく、あくまで振込先の預金口座の名義人の情報と考えているのでしょう。
また、被相続人の預金口座から他の預金口座に高額の振込が行われている記録があった場合に、その振込みの際に被相続人が作成した預金払戻請求書と振込依頼書の写しは、開示してくれる金融機関と開示してくれない金融機関があります。
地方自治体が保有する介護認定記録、施設における介護記録、病院のカルテ等については、原則として弁護士法23条に基づく照会請求をしています。
弁護士法23条に基づく照会請求の制度については、別の機会に詳しく紹介しますが、弁護士が自分の所属する弁護士会に対して、照会先、照会したい事項、照会を必要とする理由などを記載した書面を提出し、弁護士会が審査して、適正な照会請求であれば、弁護士会から照会先の個人や組織に、照会書を送ってくれる制度です。
地方自治体が保有する介護認定記録及び施設における介護記録については、この照会請求によって、ほぼ開示してもらっています。
しかし、病院のカルテ等については、照会請求をしても、相続人全員の了解が無ければ開示できないとして、病院に拒否されることもあります。
このように弁護士が行う被相続人に関する情報の収集は、どのような情報でも収集可能というわけではなく、ある程度の限界があります。
どこまで開示してもらえるかは、実際には、問い合わせ先である金融機関、地方自治体、施設、病院等の判断によることが多く、相続人やその弁護士からすると、「なぜ、開示しないのか。納得できない。」と思うことも、しばしばあります。
本件でも、おそらく印鑑届出書の開示請求に応じないY銀行の態度に納得できないXが、個人情報保護法25条1項を持ち出して、個人情報開示請求訴訟を提起したものと思われます。
最高裁判決では、Xの請求について、次のように述べています(なお、()の記載は、私が書き足したもので、判決文にはないものです。)。
相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に法(個人情報保護法)2条1項にいう「個人に関する情報」にあたるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。
本件印鑑届出書にある銀行印の印影は、亡母(A)が上告人(Y銀行)との銀行取引において使用するものとして届け出られたものであって、被上告人(X)が亡母の相続人等として本件預金口座に係る預金契約上の地位を取得したからといって、上記印影は、被上告人(X)と上告人(Y銀行)との銀行取引において使用されるものではない。また、本件印鑑届書にあるその余の記載も、被上告人(X)と上告人(Y銀行)との銀行取引に関するものとはいえない。その他、本件印鑑届出書の情報の内容が被上告人(X)に関するものであるというべき事情はうかがわれないから、上記情報が被上告人(X)に関するものとして法(個人情報保護法)2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるということはできない。
Xとしては、被相続人の預金口座に関する権利を相続した以上、その預金口座についての情報は、全てXの個人情報になると考えていたと思われますが、最高裁判所は、XがAから相続した預金口座についての情報であっても、その情報が、Xと金融機関との間の取引で使用される等の事情が無ければ、それはあくまでAの個人情報であって、Xの個人情報ではないと考えたのです。
なぜXは、Aの印鑑届出書の写しを必要としたのでしょうか。詳しいことはわかりません。この事件の第1審の地方裁判所の判決では、他の共同相続人とのAの遺産をめぐる紛争に関して、Aの印鑑届出書の開示を受ける必要があったと書かれていますが、どのような紛争かまではわかりません。
また、Y銀行は、なぜ最高裁まで争ったのでしょうか。
印鑑届出書のコピーの交付など、簡単にできることです。これに対して、最高裁まで裁判を続けるには、膨大な時間、労力、費用がかかります。
恐らく銀行は、こうした相続人の開示請求が歯止めなく広がり、銀行の事務手続き上の負担となることや開示することによって、相続人間の争いに銀行が巻き込まれることを嫌ったのではないでしょうか。
相続を多数扱っている弁護士からすると、今後、金融機関が、手間のかかる情報の開示について、どんどん消極的になっていくのではないかと心配しています。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。