相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
また10年以上前の贈与か!遺留分の算定の基礎となる財産に加算される贈与の時間的制限
4月は裁判官の転勤があり、私が担当している事件の中でも、複数の事件で、担当裁判官が転勤で交代しました。
依頼者の中には、「事件の途中で交代するんですか?」と言われる方もいますが、裁判官は、大体3年くらいで転勤しますので、その時期に事件が終わっていなければ、事件の途中で交代せざるを得なくなります。
裁判官が交代したときに弁護士として注意すべきなのは、「新しい裁判官は、この事件について、前の裁判官と同様の感触を持っているか。」という点です。
あまり多くはありませんが、裁判官の交代によって、形勢が逆転したり、審理の進め方が変わったりすることがあります。
このため、弁護士は、新しい裁判官に変わった後の最初の期日では、裁判官の言葉に、注意深く耳を傾けます。
さて、今回は、令和元年7月1日に施行された相続に関する民法の改正の影響についてのお話です。
この相続に関する民法の改正には、遺留分に関する重要な改正がいくつかありましたが、その一つは、遺留分算定の基礎となる財産を計算する際に、相続人に対する贈与は、死亡前10年間に行われた贈与に限って、加算することができるとされた点です。
改正前は、相続人に対する贈与は、立証できる限り、どんなに昔の贈与であっても遺留分算定の基礎となる財産に加算することができましたが、改正によって、原則として被相続人の死亡時から10年前までの贈与しか加算することができなくなったのです。
改正法が施行された時点でも、10年以上前に贈与があったという内容の相談は、いくつかありました。
しかし、相続について相続人間に紛争が起こり、弁護士のところに相談に来るまでには、被相続人が亡くなってから、短くて数か月、長くて数年経過していることが多いので、改正法施行直後に受けた相談では、被相続人の死亡時点が改正法の施行前であり、改正法の適用を受けないという事案がほとんどでした。
しかし、改正法が施行されてから、もう5年以上経過していますので、最近の相続についての相談のほとんどが、改正法施行後に被相続人が亡くなったというものであり、当然改正法の適用を受けるものです。
このため、最近、「贈与から10年以上経過しているので、残念ながら、遺留分の計算の基礎となる財産には含めることができません。」と答えざるを得ない相談が、何件か続きました。
ただ、この10年の時間的制限には、一つの例外があります。
条文を見てみましょう。
第1044条
贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第904条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第1項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
この第1044条が、遺留分の算定の基礎となる財産に加算される贈与の条件を定めたものですが、第1項に、「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。」と書いてあり、第3項で、この規定が相続人に対する贈与にも適用されることになっています。
「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたとき」とは、どういう意味かというと、時間的な制限で、遺留分の算定の基礎となる財産に加算することができない贈与であっても、贈与の当事者(つまり、贈与した人と贈与を受けた人)が、その贈与によって、将来遺留分権利者が遺留分を確保することができなくなり、その者に損害を与えてしまうと分かっていたときは、時間的な制限にかかわらず、その贈与を遺留分の算定の基礎となる財産に加算することができるという意味です。
ちょっと分かりにくいですが、たとえば、自宅土地及び建物(時価2000万円)と100万円ほどの預金しかない年金暮らしの80歳の女性Aが、その土地と建物全部を長男Xに贈与し、贈与してから11年後に亡くなったケースを考えてみましょう。
このケースで、贈与があった時点で、すでにAの夫は亡くなっており、Aに長男Xと次男Yがいるとすると、Aは、「この土地及び建物をXに贈与したら、自分が死んでもYにやるものは、ほとんどなくなってしまう。」と分かっているはずですし、もちろんXも、同じ認識のはずです。
そうすると、このようなケースは、「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたとき」に当たるのではないかと思われます。
もっとも、上記のようなケースは稀です。
というか、上記のケースは、「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたとき」になるように、モデルケースを考えたに過ぎませんので、現実には、こんなに単純なケースは、あまりありません。
高齢者は、自分の最も大きな財産、特に自宅などは容易には手放しませんので、贈与するとしても、預貯金や金融資産の一部を贈与することが多いと思います。
また、自宅の土地及び建物の時価は変動しますし、金融資産の評価額も変動します。
さらに、高齢者でも、まだ勤務しているとか、自分で商売をしているということになれば、財産が増えることも減ることもあり、これは、簡単には、予測できません。
そのうえ、被相続人が亡くなる前に、複数の法定相続人の中の一部の人が先に亡くなれば、実際に被相続人が亡くなった時の遺留分割合が変わってくることもあります。たとえば、高齢のAとBの夫婦に、長男Xと次男Yがいたとすると、Aが死亡する前にBが死亡していれば、Aの相続に関するX及びYの遺留分割合は、それぞれ4分の1ですが、Aが死亡した時点でBが存命なら、Aの相続に関するX及びYの遺留分割合は、それぞれ8分の1です。
実際の事案では、こうした様々な要素が絡み合いますので、ある時点での特定の贈与について、贈与の際に、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知っているなどということは、なかなか稀なのです。
というわけで、この例外は、簡単には使えませんので、改正法で新たに設けられた10年の壁は、遺留分を主張する者にとっては、なかなか高い壁になっています。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。