相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
あなたは相続人ではない!遺言書の偽造と相続欠格
11月に入り、天気の良い日が続いていますが、肌寒い日も増えてきています。少しずつ冬が近づいてきているようです。
さて、今回は、ある遺産分割調停で起きた、珍しい出来事についてお話ししたいと思います。
Bのお兄さんのAが亡くなり、相続が開始しました。
亡くなったAは、結婚しておらず、子供もいませんでした。また、Aの両親もすでに亡くなっていましたので、Aの兄弟が相続人ということになりました。
Aには、弟Bと妹Cがいましたが、妹CはAより先に亡くなっていましたので、Cの子であるDが、Cを代襲して相続人となりました。
また、Aは、亡くなる数年前から認知症を患っており、1年前に弁護士が成年後見人に選任されていました。
私は、BからAの遺産分割について相談を受けましたが、その際、BからAの自筆証書遺言を見せられました。
Aの自筆証書遺言は、一応形式は整っているに見えました。毛筆でしたが、全文がAの自筆で書かれており、また、日付、署名及び押印もありました。
しかし、Aの自筆証書遺言の日付は、Aに成年後見人が選任された後であったので、一目で無効な遺言であることが分かりました。
成年後見人が選任されている人の遺言について、民法は次のように定めています。
(民法973条)
1 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をするときにおいて精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。
この民法の規定によれば、成年後見人が選任されていたAが自筆証書遺言をするときは、医師2人以上に立会いをさせ、さらに、遺言書にAが遺言をするときにおいて精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかったことを記載してもらわなければなりません。
しかし、Bが私に見せた遺言書には、そのような記載はありませんでしたので、上記の民法の規定に反しており、無効な遺言でした。
私としては、Aの自筆証書遺言は無効なことが明らかでしたから、検認の申立てをするか迷いました。
しかし、BとDはあまり仲が良くなかったことから、後でDから遺言を隠匿したなどと言われかねないと考え、一応Bの代理人として、Aの自筆証書遺言について家庭裁判所に検認の申立てをし、検認を受けました(後で説明しますが、遺言書の隠匿は、相続の欠格事由となります。)。
このように、一応Aの自筆証書遺言について家庭裁判所の検認を受けましたが、この遺言書が無効であることは明らかですので、この遺言書に従って遺産を分けることはできません。
そこで、この遺言書が無効であることを前提として、Bの代理人として、Aの遺産分割について家庭裁判所に調停の申立てをしました。
私は、遺産分割調停の最初の期日に裁判所に出頭し、Aの遺産やこれまでの経緯について調停委員に説明した上で調停室を退席し、Dと交代しました。
30分ほどして、再び調停室に入ると、調停委員から思いがけない話を聞きました。
調停委員によると、Dは、「BがAの自筆証書遺言を偽造したので、相続欠格事由に該当し、Bには相続権がない。」と主張しているというのです。
民法は、相続の欠格事由を5つ定めていますが、その中に、「相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者」というものがあります。
Dは、BがAの自筆証書遺言を偽造したので、この欠格事由に該当するというのです。相続人の行為が欠格事由に該当すると、当然に相続権を失いますので、Dの主張どおりなら、Bは相続権を失い、Aの相続人ではないことになります。
もっとも、ある相続人の行為が欠格事由に該当してその相続人が相続権を失っても、その子供は代襲相続人となることができます。しかし、Bには子供がいないので、Bが欠格者になると、Dだけが相続人となってしまいます。
私は、思いがけない話に驚きましたが、調停委員に対し、「Dは、何を根拠にして、BがAの遺言書を偽造したと言っているのですか。」と聞きました。
これに対して、調停委員は、Dは、DがAの自筆証書遺言の筆跡鑑定をしたところ、Aの自筆証書遺言に記載された文字は、Aの筆跡ではないことに加え、Bの筆跡であるとの鑑定結果が出たと言っているということでした。
この話を聞いたときの私の感想は、率直に言って、「えっ??」でした。
最初に書きましたが、Aの自筆証書遺言は毛筆で書かれており、しかも、高齢や認知症もあって、かなり乱れた字でした。
私の経験では、毛筆で乱れた字の筆跡鑑定をすることは極めて困難なのですが、Dの主張では、Aの筆跡ではないことに加え、Bの筆跡であるとの鑑定結果が出たと言うのです。
筆跡鑑定は、重要な立証手段ではあるのですが、ある程度鑑定者の判断に左右される場合があるので、裁判における証拠としては強い証明力をもっていません。
たとえば、指紋は、「万人不同・終生不変」と言われていて、指紋の同一性は客観的に判断でき、判断者によって結論が分かれることはないと言っていいでしょう。ところが、筆跡の場合は、同じ字を対象としても、結論が異なることがしばしばあるのです。ましてや、毛筆で乱れた字となれば、さらに鑑定結果の客観性は疑問になります。
そのような筆跡鑑定を拠りどころにして、Bに欠格事由があると主張するのは、ちょっと無理があるように思えました。
調停委員の話によれば、Dは、あくまでBがAの自筆証書遺言を偽造したので欠格事由があると主張するということでした。もちろん、BはDの主張など認めるはずはありません。
このように、特定の相続人の行為が相続欠格事由に該当するかどうかについて相続人間に争いがあるときは、家庭裁判所での遺産分割調停では解決できず、訴訟で解決しなければなりません。Dは、Bを被告として、地方裁判所に、相続権不存在確認訴訟を提起しなければならないのです。
当然、この訴訟の結果が出なければ、Bが相続人かどうか確定しませんから、もはや遺産分割調停を進めることはできません。そこで、調停委員から、遺産分割調停の申立てを取り下げてほしいと言われました。
私としては、Dはまだ弁護士に相談していないということだったので、Dが本当に相続権不存在確認訴訟を提起するのか疑問でした。
このため、2か月先に2回目の調停期日を入れてもらい、その間にDが上記の訴訟を提起したら、すぐに遺産分割調停を取り下げることを調停委員に約束して、この日の期日を終わりました。
今後、この事件がどうなっていくのかわかりませんが、その後の展開について、機会があれば、また取り上げたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。