相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
事業承継税制の特例って?
先日、ある方から会社の社長をご紹介いただきました。
その社長は、30年ほど前にA株式会社を創業し、以後順調に会社を発展させてきました。
社長には一人息子がおり畑違いの会社に就職していたのですが、A社の今後を考えるにつれ、やはりせっかく発展させてきた会社を息子に継いでもらいたいという思いが募ってきました。
2年前にそれとなく息子に水を向けてみると、息子の方でもA社を継ぎたいと考えるようになっていたことがわかり、あとはとんとん拍子、息子はそれまで勤めていた会社を円満退社してすでにA社の従業員として勤務しているとのことでした。
相談というのは、そろそろ息子に経営を任せていき、いずれ会社もすべて息子に引き継ぎたいが手続的にどのように進めていけばよいかということでした。
考えなければならないことはいろいろありますが、一番の問題は税金のように思われました。というのは、A社の株式は社長が100%保有しているのですが、自社株の価値がどれくらいかこれまで評価してもらったことはなく、分からないということだったのです。
社長は、うちは資本金300万円の会社だから大したことはないと思いますよと気にしていないようでした。しかし、資本金の額と課税の対象となる現在の株式の価値とは関係ありません。社長から会社のお話を聞いているだけでも、A社の株価は高額になることが容易に想像されました。
こうしたことは決して珍しいことではなく、今年1月に川崎市が市内の中堅・中小企業405社(うち業歴30年超が68.6%)を対象に行った調査でも、事業承継への課題については「株式や資産に関する相続税・贈与税の負担」が123件と「将来の経営に関する不安」に次いで多く、事業継続計画の策定状況についても、策定済みと策定中を合わせても17.7%、事業継続計画なるものを知らなかったという企業が15.1%にまでのぼるという結果でした。
非上場の会社の株価をどのように算定するかについてはいくつかの考え方がありますが、ここでは長男に贈与や相続によってA社の株式を渡すことを検討しますので、原則として国税庁の「取引相場のない株式等の評価」に基づいて算定することになります。
そこで社長にA社の決算書等を送ってもらい、提携していただいている税理士に株価を評価してもらったところ、A社の株価は総額で10億円近くになることがわかりました。
会社財産を切り売りすればともかく、長男はもちろん社長自身にもこれに見合うような多額の納税資金を用意することはできません。
税理士とタッグを組んで対策を講じていくこととしましたが、そのうちの一つとして事業承継税制を使うことを検討することにしました。
中小企業のオーナーが死亡して後継者となる子が多額の相続税を負うことになると、納税資金を準備するため多額の借入をするとか、悪くすると事業承継を断念して廃業するということにもなりかねません。
こうした事態は当事者にとって不幸であるばかりでなく、廃業とでもなれば地域経済の活力を削ぐことともなり社会的にも損失です。
そこで、平成21年に事業承継税制という、一定の要件のもとで非上場株式に係る贈与税・相続税の負担を軽減するための仕組みが設けられたのです。
事業承継税制はこれまで何度か改正されていますが、平成30年度に、10年間(平成30年1月1日から令和9年12月31日まで)に限って特例措置が導入されています。これによって、要件が大きく緩和されて使いやすくなっています。
この特例を利用することで、相続税または贈与税を猶予してもらうことができます。猶予ときくと、税金の支払いが後回しされるだけなら結局は後継者の負担は大きいではないかと思われるかもしれませんが、猶予された税金は将来的には免除されることが想定されています。
実際に事業承継税制(特例)の適用を受けようとする場合の手続は次のようになります(株式を相続する場合と贈与を受ける場合はほぼ同じですので、以下は相続の場合についてのみ説明します)。
① 平成30年4月1日から令和6年3月31日までに「特例承継計画」を作成して都道府県庁に提出して認定を受けます(令和5年3月31日までとされていましたが本年度の改正により1年延長されました)。
② 相続が開始したら8ヶ月目までに都道府県庁に事業承継税制の申請をします。審査後、認定書が交付されます。
③ 認定書の写しとともに税務署に相続税の申告書を提出します。
④ 納税猶予額と利子税の額に見合う担保を提供します(特例を受ける非上場株式すべてを担保提供することで見合う担保とみなされます)。
こうした手続によって後継者が相続によって取得した株式に係る相続税が100%猶予されることとなります。
しかしこれで終わりではありません。納税猶予の開始後も、報告期間中(相続税の申告期限後5年間)は代表者として経営を行う等の要件を満たす必要があり、5年経過後は後継者が承継した株式を継続保有すること等が求められます。
最終的に、後継者が死亡したり、5年経過後に後継者がさらに次の後継者へ株式を贈与すると相続税が免除されます。
ご紹介いただいた社長にもこの事業承継税制について説明して、さっそく準備に入りました。
特例の適用を受けるためには、先に述べたように令和6年3月31日までに特例承継計画を都道府県庁に提出する必要があります。特例承継計画といっても複雑なものではなく、書式も用意されています。
急ぎ特例承継計画を作成し、所定の手続を経てズムーズに認定を受けることができました。
こうして認定を受けましたが、だからといって事業承継税制(特例)を活用しなければならないという義務が発生するわけではありません。A社については事業承継税制を利用することになると思いますが、認定を受けておいて、実際に相続が発生した際にあらためてこの適用を受けるかどうかを検討するということでもよいのです。
ここでは駆け足での説明となりました。事業承継税制の特例は有用ですが、注意すべき点も多くありますので、実際にその活用を検討する場合には、経験豊富な税理士や弁護士などにご相談してください。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。