相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
弁護士の仕事~弁護士はどこまで面倒を見るか?
あけましておめでとうございます。
今年もこのコラムをよろしくお願いいたします。
さて、今回は、昨年12月に和解をした2つの事件についてお話をしたいと思います。
昨年の12月に、2つの事件について裁判所で和解をしました。
どちらの事件も、相続人の1人が親の生前に親から預かった預金を無断で使用したとして、他の相続人が預金を使用した相続人に対して、無断で使用した預金の返還を求めたものです。私は、どちらの事件でも、返還を請求する側、つまり原告の代理人でした。もちろん、この2つの事件は、全く無関係です。
簡単に2つの事件を説明します。
まず、1件目(以下、「第1事件」といいます。)は、父親Aの預金通帳を預かった長男Bが、父親の生前にその預金合計1500万円をすべて引き出して自分名義の預金口座に預け入れ、その後、すべて使ってしまったというものでした。相続開始後、Bの弟CがAの預金口座の取引記録を取り寄せて調査し、Bの使い込みの事実が発覚しました。
また、2件目(以下、「第2事件」といいます。)は、母親Lの預金通帳を預かった長女Mが、母親の生前にその預金2600万円をすべて引き出して使ってしまったというものでした。この事件でも、相続開始後、Mの妹Nが母親の預金口座の取引記録を取り寄せて調査し、Mの使い込みが発覚しました。
AとLは、どちらも老化による運動障害から、自分で自由に外出して預金を引き出すことができませんでした。このため、2人とも、子供に預金通帳やキャッシュカードなどの一切を預け、必要な引き出しを頼んでいたのです。
ただ、第1事件では、AとBは同居していましたが、第2事件では、LとMは同居しておらず、Mは月に2~3回Lの住む公営アパートを訪れ、Lの生活に必要なものを買ったり、病院に連れて行ったりしていました。
被相続人の生前に、相続人の1人が被相続人の預金を無断で使用した場合の取り扱いは、次のとおりです。
まず、相続財産とは、原則として相続開始時、つまり被相続人の亡くなったときに被相続人に帰属していた財産です。
従って、被相続人の預金が、被相続人の生前に引き出されてしまっている場合は、その預金は、被相続人の死亡時に被相続人に帰属していませんので、原則として遺産分割の対象となりません。
ただ、例外的に、その預金を引き出した相続人が、自分が引き出したことを認め、遺産分割の対象とすることに同意すれば、遺産分割の対象となります。
この点、どちらの事件でも、預金を引き出したB及びMは、自分が預金を引き出したことは認めたものの、被相続人が、世話になっている自分にその預金をくれた、つまり、贈与を受けたと主張し、遺産分割の対象とすることに同意しませんでした。
この場合、他の相続人の選択肢としては、贈与があったことを認めて、これを特別受益として取り扱うか、贈与があったことを認めずに、あくまで被相続人に無断で使用したと主張して、預金を使用してしまった相続人に対して、無断使用額に対する自分の法定相続分の返還を求めるかの2つがあります。
どちらの事件でも、私の依頼者は、預金を使用してしまった相続人に対して、無断使用額に対する自分の法定相続分の返還を求めることを選択しました。
そこで、私は、Bに対しては、750万円の返還を求める訴訟を提起し、また、Mに対しては、1300万円の返還を求める訴訟を提起しました。
もちろん、私の依頼者が、このような選択をしたのは、訴訟を起こしても勝訴できる可能性が高かったからです。
どちらの事件でも、BやMが主張している贈与を裏付ける客観的な証拠は何もありませんでした。客観的な証拠とは、贈与の意思を記載した書面や贈与することを被相続人が述べている画像や録音などです。証人でも、立証は可能ですが、預金を使用してしまった相続人の配偶者や子供などでは、あまり信用性がありません。
また、どちらの事件でも、被相続人が、預金を使用してしまった相続人に対して、その預金を贈与してもおかしくないと思われる事情はありませんでした。
被相続人が、複数いる相続人の1人だけに多額の贈与をするというのは、その動機となる事情が必要です。特に、贈与の対象となる財産が遺産全体に占める割合が大きければ、その動機となる事情は、かなりしっかりしたものでなければなりません。
先ほど話しましたように、AとBは同居していましたが、CもしばしばA宅を訪れ、Aの介護を手伝っていました。また、LとMは同居しておらず、Mは月に2~3回くらいLの住む公営アパートを訪れ、Lの生活に必要なものを買ったり、病院に連れて行ったりしていましたが、Nも月1回はLの住む公営アパートを訪れ、Lの面倒を見ていました。
従って、AやLが相続人の1人だけに多額の預金を贈与する動機となるような事情はなかったのです。
さらに、どちらの事件でも、裁判官が重視したのは、預金の引き出し方です。
BやMは、「この預金はもらったのだ。」と主張していますが、短期間にキャッシュカードを使って連続して50万円ずつ引き出していました。これは、贈与を受けたにしては、不自然な引き出し方と言えます。この当時、AやLも、子供と一緒なら外出することが出来る状態でしたので、大金を贈与する意思があれば、一緒に銀行に出かけて、手続きを取ることが可能でした。
こうしたことから、どちらの事件でも、裁判官は、私の依頼者の主張を認め、BやMが被相続人に無断で預金を使用したことを前提とする和解を勧めました。この結果、第1事件では、BがCに対して500万円を支払うという和解が成立し、また、第2事件では、MがNに対して、1000万円を支払うという和解が成立しました。
ところが、Bは、裁判所の和解で決められた期限に500万円を支払いましたが、Mは、裁判所の和解で決められた期限に遅れた上、100万円しか支払いませんでした。
私も長く弁護士をしていますが、相手方に弁護士がついている事件で裁判所で決めた和解の支払いを受けられなかったのは初めてでした。
ただ、それより驚いたのは、Mの弁護士の対応でした。
私の弁護士としての常識では、裁判所で和解をした以上、きちんと約束の期日に和解金を支払うよう依頼者に促し、支払いができない事情があるときは、相手方の弁護士に連絡をするのが当たり前でした。
しかし、Mの弁護士は、連絡をしてこないどころか、Mが和解金の支払いをしていないことすら知らず、その上、怒ったNがその弁護士に電話をしたところ、自分の業務は終わっているので、今後は連絡をしないようにしてほしいという内容のFAXを私の事務所に送ってきました。
理屈としては、裁判所で和解をした時点で、Mの弁護士の委任事務は終わっていますが、一般の方は、そういう理解はしないのではないでしょうか。
もちろん、弁護士に和解金の支払いまで面倒を見る義務があるわけではありませんが、事前に、「こういう事情で払えないようです。本人も謝っています。」という電話でもあれば、Nも怒って電話をしたりしなかったと思います。
ちょっと残念な気持ちになった事件でした(当然、このままでは終わりませんが!)。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。