相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
相続法の改正間近!?改正内容を押さえておこう その2 遺産分割に関する見直し等
前回に引き続き、相続法改正についてお話しします。
今回は、要綱案の第2の遺産分割に関する見直し等についてです。
一つ目は、特別受益における配偶者保護のための方策です。
現行法では、それぞれの相続人の相続分を算定するにあたって、相続人の中に被相続人から贈与を受けた者がいるときは、通常、つぎのように算定します。
まず、この贈与を相続財産に加算(持戻し)して、これを相続財産とみなします。そのうえで、特別受益(贈与または遺贈)を受けた相続人については、特別受益額を控除して相続分を算定します。
以下、夫Aが死亡し、相続人は妻B、長男C、長女Dという場合を例にとってご説明します。
遺産は1億円で、Bは生前にAから2000万円の贈与を受けているとします。この場合、相続分は、次のように計算されます。
①贈与を持ち戻します(持戻し計算)。
1億円+2000万円=1億2000万円
②この1億2000万円を相続割合によって分けると、次のようになります。
B:6000万円 C:3000万円 D:3000万円
③ここからBの特別受益を控除します。
B:6000万円-2000万円=4000万円
④最終的に、1億円は次のように分配されることとなります。
B:4000万円(ただし2000万円の贈与あり) C:3000万円 D:3000万円
このような持戻し計算が行われると、Bは2000万円の贈与を受けていましたが、遺産分割の際にその分を持ち戻すこととなる結果、最終的に取得できる額は、贈与がなかった場合と変わらないことになります(特別受益が法定相続分を超過するいわゆる超過特別受益の場合はこうはなりませんが、ここでは説明を省略します)。
ただし、特別受益の持戻しには例外があります。被相続人が特別受益を持ち戻す必要はないとして、持戻しを免除していた場合は、持戻し計算をする必要はないとされています。
持戻しの免除を行うと、Bは1億円の1/2の5000万円を取得することになり、贈与を受けた2000万円と合わせて7000万円を受け取る結果となります。
ただ、この持戻し免除の意思表示は、客観的に明らかでなくとも周辺の事情などからそうした意思が読み取れるような黙示のものでもよいとされてはいますが、そうした意思表示が存在したかどうかは争いになりやすいものです。
そこで、とくに居住用の不動産について贈与がなされているときは、配偶者の老後の生活保障が目的とされていることが多いと考えられることなどから、要綱案は、配偶者を保護するための規定を加えることとしています。
具体的には、次の条件をすべて満たしたときは、特別受益の持戻し免除の意思表示があったものと推定するものとされています。
①婚姻期間が20年以上の夫婦であること
②対象の財産が居住用の建物またはその敷地であること
③②の財産を遺贈または贈与したこと
この規定の適用があれば、Aの遺産が預貯金6000万円と居住用不動産の持分1/2(評価額3000万円)で、不動産の残りの持分1/2(評価額3000万円)はBに生前贈与されていたという場合はこうなります。
死亡時の遺産は6000万円+3000万円で9000万円です、もし、Bに贈与された不動産持分について持戻し計算すると、Bの相続による取得額は、
(9000万円+3000万円)×1/2-3000万円=3000万円
となり、Bが最終的に取得する額は、これに贈与されていた共有持分評価額3000万円を加えた6000万円となり、贈与があってもなくても、最終的に差はないことになります。
しかし、要綱案によって、持戻し免除が推定されて認められると、Bの取得額は、
9000万円×1/2=4500万円
となり、贈与を考慮すると、最終的に多くの財産を受け取ることができる結果となります。この結果、残された配偶者の生活保障が図られます。
また、要綱案は、預貯金債権の仮払い制度を設けることとしています。
以前は、預貯金は相続と同時に相続人に当然に分割されるとされていました。そのため、相続人は、他の相続人の同意がなくても、自分の法定相続分については金融機関に払戻しの請求をすることができることになり、金融機関も基本的にはこれに応じていました。
ところが、平成28年12月19日、最高裁判所は、それまでの判例を変更して、預貯金債権も遺産分割の対象となるという決定をしました。
そうすると、遺産の預貯金を引き出すためには、相続人全員の同意が必要になります。もし協議が整わなければ、家庭裁判所で調停または審判をして払戻しを請求することになります。
この最高裁判所の判例は、遺産の公平な分割に適うものといえます。ですが、相続人間で1人でも同意しない者がいるときは、自分の相続分の範囲内であっても預金を引き出すことができないことになります。金融機関も、相続人全員の同意を要求するようになりました。
そうなると、生活に困っていて親の援助で生活していた相続人がいたり、被相続人の医療費や借金などの債務があってその支払いをしなければならない場合など、不都合も生じます。
そうした場合のために、預金債権を相続人に仮に取得させる仮処分という手続(家事事件手続法200条2項)の活用が示唆されていました。
しかし、この規定は、「関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」仮処分ができると厳しい条件を要求しており、容易に仮処分が発令されるとは限りませんでした。
そこで、要綱案は、要件を緩和して、この仮処分を利用しやすくしました。
具体的には、次の条件を満たす場合には、特定の預貯金債権の全部または一部を相続人に仮に取得させることができるとしています。
①遺産分割の調停または審判が係属していること
②相続債務の弁済、相続人の生活費の支払いなど、預貯金債権を行使する必要性があること
③他の共同相続人の利益を害しないこと
④相続人による仮処分の申立て
しかしこのように要件を緩和しても、裁判所に仮処分の申立てをしなければならないことには変わりありません。それでは、緊急の場合には間に合わないことも予想されます。
そこで、一定の上限をもうけて、その範囲では、裁判所の判断を要することなく、相続人が単独で預貯金の払戻しを請求できるための方策を別にもうけました。
その額は、以下の計算式によります。ただし、同一の金融機関に対する権利行使は100万円が上限です。
単独で払戻しができる額=相続開始時の預貯金債権の額×20%×払戻しを求める相続人の法定相続分
なお、権利行使できる預貯金債権については、個々の預金ごとに判断されます。
たとえば、X銀行に300万円、Y銀行に500万円の預金があった場合、Bの法定相続分は1/2なので、Bが単独で権利行使できるのは、X銀行に対して30万円(300万円×20%×1/2)、Y銀行に対して50万円(500万円×20%×1/2)となります。
Y銀行に対しては請求せず、X銀行に対してのみ80万円の払戻しを請求するということは認められません。
また、上限100万円という制限もありますので、上記の例で、X銀行に2000万円の預金があったとしても、Bが単独で権利行使できるのは200万円ではなく100万円までとなります。
次回は、第3の遺留分制度に関する見直しについてお話しします。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。