相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺言書と異なる内容で遺産分割をしたい
故人が作成していた遺言書が出てきたが、そのとおりに遺産を分けるのは不都合ということがあります。
たとえば、遺言書の記載どおりに遺産分割をしてしまうと小規模宅地の特例など節税効果の高い税法上の制度が使えなくなってしまうとか、土地に対する相続人の思いや利用に対する期待に合わないため相続人の間にトラブルが生じてしまうなど、故人が遺言書を作成したときには考えていなかったり状況が変化したりで、遺言書とは異なる内容で遺産を分けた方がよいということは稀ではありません。
そこで今回は、遺言書と異なる内容で遺産分割をすることができるかというお話をしてみたいと思います。
有効な遺言書があれば、原則としてその故人の意思が尊重されて、民法の法定相続分の定めにかかわらず遺言書の内容にしたがって相続財産が分配されることになります(遺留分の問題は残ります)。ですから、遺言書どおりに遺産を分けるのであれば遺産分割協議も必要ないということになります。
一方、共同相続人全員の同意があれば、遺言書と異なる内容で遺産分割をすることも可能と考えられています。
ただし、次の点に注意する必要があります。
第1に、民法907条は、相続人は「被相続人が遺言で禁じた場合を除き」いつでもその協議によって遺産の分割をすることができる、と定めています。したがって、遺言書で遺産の分割が禁止されていない場合であることが必要です。
第2に、相続人のほかに遺言書によって財産を受け取るものとされている第三者(受遺者)がいる場合は、相続人だけでなくその受遺者も遺言書と異なる内容の遺産分割協議によって相続が行われることに同意していることが必要となります。
相続人が一方的に遺言書によって受遺者に与えられた権利を奪うことは許されないからです。
第3に、遺言執行者がいる場合は、遺言執行者の同意を得ることも必要となります。遺言執行者というのは、遺言者の死後に遺言書に書かれている内容を実現する手続を行う者のことです。
遺言執行者には、遺言の内容を実現するために、相続財産の管理など遺言の執行に必要な一切の行為をする権利と義務があります。
そのため、遺言執行者がいる場合は、相続人は相続財産を勝手に処分するなど遺言の執行を妨げるような行為をすることはしてはならないことになっており、民法はこれに違反した行為は無効と定めています。
したがって、遺言執行者がいる場合に、相続人全員の同意によって遺言書の内容と異なる遺産分割を行うには遺言執行者の同意が必要です。逆に言えば、遺言執行者の同意があれば遺言書と異なる遺産分割協議も可能というのが一般的な理解だと思います。
遺言執行者の同意がない場合、遺言執行者を除外して相続人だけで預金の解約手続をとろうとしても、金融機関が遺言執行者の定めがあることを知っていれば、遺言執行者の同意のない限り解約には応じてもらえないでしょう。
金融機関の対応がつねにそうかまではわかりませんが、私が経験したケースではそうした対応を受けましたし、それもやむを得ないと思います。
近ごろよくあるのが、信託銀行など金融機関が遺言執行者になっているケースです。
このようなケースで相続人が遺言書と異なる遺産分割を望むときはどうしたらよいでしょうか。
まず、遺言書で遺言執行者として指定されていたとしても、必ず遺言執行者に就職しなければならないというわけではありません。遺言執行者に就職するかどうかは、遺言執行者として指定されていた者の意思に任されています。
ただ、いつまでも指定された者が遺言執行者に就職するかどうかがわからないと不都合ですので、相続人らは相当の期間を定めて就職するかどうかを明らかにするよう催告することができることになっています。
遺言執行者がいったん就職すると、法律上、自由に辞任することは認められていません。辞任するにはそのための「正当な事由」が必要で、しかも家庭裁判所の許可を得なければならないとされています。
もっとも、遺言執行者は家庭裁判所に選任されることもあるのですが、そうではなく遺言書に指定されていることの方が多いです。遺言書の指定に応じて遺言執行者に就職した場合には、辞任することに相続人や受遺者全員の同意があれば実際上は辞任することができてしまうと思いますが、法律上は上記のとおりとなっているので、遺言執行者に就職されてしまうと話がややこしくなりかねません。
そこで、金融機関が遺言執行者になっているケースでいえば、まず金融機関に遺言執行者への就職を待ってほしい旨の連絡を入れ、そのうえで金融機関に遺言書とは異なる遺産分割を行いたい事情などを説明して遺言執行者への就職を辞退してもらうのがよいでしょう。辞退は遺言執行者への就職前のことですから、自由にできます。
こうした場合、金融機関から手数料(?)を請求されることもあるようですが、そのあたりはケースバイケースで対応することになるでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。