相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺言の解釈~文字の意味より遺言者の真意が優先する
前回のコラム(2017年2月号 遺言者の思ったような効力が認められなかった遺言)で説明しましたおとり、遺言書の作成方式としては、公正証書遺言と自筆証書遺言が一般的です。
しかし、公正証書遺言の作成には、少なくとも1週間から10日程度の時間がかかります。また、自筆証書遺言を作成するには、自分で文字が書けることが必要です。
ところが、ご本人が病気等で死期が迫っており、ペンを握ることもできないという場合があります。このような場合は、「死亡の危急に迫った者の遺言」という方式を使うことができます。この遺言をするには、3人以上の立会人の前で、遺言者が立会人の1人に対して遺言の趣旨を口授(言葉で話すこと)します。その上で、口授を受けた者が、口授された内容を筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名押印します(遺言者が、口がきけない場合や耳が聞こえない場合には、特別の定めがあります。)。「死亡の危急に迫った者の遺言」は、遺言の日から20日以内に、家庭裁判所の確認を得なければならず、この確認を受けないと、遺言書は効力を生じないことになっています。
実際、私も、病院に出かけ、ご病気で寝たきりとなっていた高齢の女性の「死亡の危急に迫った者の遺言」を作成したことがあります。死期が迫っていたので、突然依頼を受け、何の準備もなく病室に出かけました。病床の遺言者が話す遺言の内容を、その場で遺言書の体裁の文章に起こし、立会人に見てもらいました。いつ亡くなるか分からないので、遺言書の文章が不正確であったり、手続きや形式に間違いがあったりすれば、遺言者の最後の気持ちを無にしてしまうと思い、緊張したのを覚えています。この遺言者は、私が「死亡の危急に迫った者の遺言」を作成してから数日後に亡くなりました。
さて、今日の本題ですが、遺言書の解釈についてお話したいと思います。
自筆証書遺言は、公正証書遺言とは異なり、ご本人が誰にも相談せずに作成することができます。このため、時々、遺言書に書いてあることの意味が不明確であったり、矛盾していたりして、亡くなった後に、遺言書の解釈を巡って争いとなることがあります。
たとえば、3人の子供がいる遺言者Aが、「私の持っている動産と不動産は、全て長男Bに相続させる。」と書いた自筆証書遺言を残して亡くなったところ、Aには、自宅土地建物や家財道具以外に、かなりの額の預貯金や投資信託があったという場合、この預貯金や投資信託は、どうなるのでしょうか。
「えっ!動産及び不動産は、全て、の中に預貯金はや投資信託は含まれないの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。分かり易く言うと、動産とは、家具、貴金属、自動車などの動かすことができる物です。また、不動産とは、土地、建物のなど動かすことができない物です。しかし、預貯金や投資信託は、金融機関に対する権利であって、物ではありません。従って、法律的には、「動産及び不動産」という言葉には、預貯金や投資信託は含まれないのです。このため、「動産及び不動産は、全て」と書いてある場合、預貯金や投資信託は、どうなるのかという問題が起きるのです。
このような場合、長男Bは、「私の持っている動産と不動産は、全て」というのは、全ての遺産という意味だから、預貯金や投資信託も含めて全て長男Bが相続すると主張するでしょう。一方、他の兄弟は、預貯金や投資信託については遺言書に書かれていないので、遺言書では誰が相続するか決まっていないから、遺産分割協議して決めるべきだと主張するでしょう。
もし当事者間で話し合いがつかなければ、最終的に裁判となり、法廷で遺言書の解釈が争われることになるのですが、裁判官は、どのような考え方で遺言書の解釈をするのでしょうか。
この点、最高裁判所は、遺言の解釈の仕方について、次のように判示しています。
「遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探求すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し、その文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況なども考慮して遺言者の真意を探求し、当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」
なかなか難しい文章ですが、簡単に言えば、遺言書の特定の文字の形式的な意味に捕らわれずに、遺言者の真意を探求せよということです。
また、最高裁判所は、遺言者の真意の探求に当たって、「遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況など」も考慮してよいとしています。つまり、遺言書という書面に書かれたことだけではなく、遺言書という書面にかかれていない事情も考慮してよいということです。
このような遺言書の解釈の仕方によると、先ほど挙げた事案でも、「私の持っている動産と不動産は、全て」という文言と遺言書の他の記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者Aの置かれていた状況なども考慮して遺言者Aの真意を探求し、「私の持っている動産と不動産は、全て」の趣旨を確定すべきということになります。
たとえば、Aの遺言書の他の部分に、「私の葬儀費用は、長男Bが遺産の中から払ってください。」と書いてあり、Bが預貯金を相続することが想定されているように読めるとか、Aの子供のうち、長男Bだけが長い間Aの面倒を見ており、Aが他の子供たちと絶縁状態にあったなどの事情があるときは、「私の持っている動産と不動産は、全て」という文言の解釈について、Bの主張が認められる可能性が高くなります。
実際に、東京地方裁判所の裁判例で、「動産不動産」との遺言書の記載を、預金債権を含む被相続人の総財産と解釈したものや、「①○○の土地建物、②A市の土地、③定期預金全部、④株券(新光証券)」との遺言書の記載を、「普通預金」、「投資信託」、「国債」、「出資金」、「現金」、「動産」を含む遺産のすべてと解釈したものがあります。
このように、遺言書の解釈は、遺言書の中の特定の文字の形式的な意味だけでは決まりませんので、遺言書の解釈に疑問があるときは、弁護士に相談するとよいでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。