相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
公証人を裁判所で尋問する!?遺言無効確認請求事件の証人尋問
新型コロナウィルスの感染拡大は、やっとピークアウトして、1日の感染者数が少しずつ減少しているようです。とは言っても、東京都では、毎日1,000人前後の感染者が出ているわけですから、医療提供体制のひっ迫は、なかなか解消されないでしょう。
私は、2回のワクチンの接種を終わりましたが、巷では、ワクチンの効力が続くのは、3ヵ月から6ヵ月などという情報も出回っており、ワクチンを接種したからといって、安心というわけではありません。
結局、インフルエンザのように、確実性のある治療薬ができるまで、このパンデミックは終わらないのかもしれません。
さて、今回は、公証人の証人尋問のお話です。
現在、私は、3件の遺言無効確認請求訴訟を担当していますが、この中の1件で、10月に公証人の証人尋問を行うことになりました。
この事件の内容は、次のとおりです。
私の依頼者のA(男性)の父親は、3年前に90歳で亡くなりましたが、亡くなる前の3ヵ月間は、病院に入院していました。病名は、パーキンソン病と肺炎でした。
Aの母親は、5年前に亡くなっていましたので、Aの父親の相続人は、AとAの姉2人(BとC)です。
兄弟3人とも、父親とは同居していませんでしたが、それぞれ時々父親の家を訪問し、父親の面倒を見ていました。
こうした中、BとCが、父親を入院させ、さらに、入院中に、公証人に病院まで出張してもらい、父親に公正証書遺言を作成させていました。
Aは、父親が亡くなった後、Bからこの遺言公正証書を見せられましたが、父親が所有していた都内の自宅はBに相続させ、また、父親が所有していた都内のアパートはCに相続させると記載されていました。
これに対して、この遺言公正証書でAが相続したのは、残高が500万円程度の預貯金だけでした。
Aは、当然、この遺言公正証書の内容に納得がいきません。
Aの話によると、Aは、兄弟の中で誰よりも父親の面倒を見ており、父親も感謝してくれていました。
また、Aは、父親の生前、父親からまとまった財産をもらったということもありません。
ですから、兄弟の中で、Aの相続分を極端に少なくする理由はありませんでした。
さらに、父親は、入院する前から、認知症の症状が出ていました。
しかも、Aが入院中の父親を見舞った時には、父親は、ほとんど話すことができず、また、耳もよく聞こえていないようで、何度話しかけても、答えがないことがあり、そのやりとりは、スマホに録音されていました。
そこで、Aは、私に依頼して、父親には公正証書遺言作成時に遺言能力がなかったとして、遺言無効確認請求訴訟を提起することにしました。
遺言をするには、遺言能力が必要です。遺言能力というのは、意志能力、すなわち遺言内容及びその法律効果を理解判断するのに必要な能力とされています。
訴訟提起前に、区役所から介護認定記録の開示を受けましたが、この介護認定記録によると、遺言書作成1週間前の父親は、意思の伝達がほとんどできない状態でした。
また、父親が入院していた病院にあるカルテ類については、訴訟提起後に、裁判所に文書送付嘱託の申立をして、父親が入院していた病院から送付してもらいました。
父親のカルテには、父親の病名として、認知症の記載があり、看護日誌にも、父親が意味不明な言動をしたり、治療の意味が分からず治療に抵抗したりしていた記載がありました。
そこで、裁判所から、父親の主治医に対して、書面で父親の病状やカルテの記載内容についての質問書を出し、主治医から回答書をもらいましたが、この回答書によると、父親の意思伝達能力の低下は、強い鎮静効果のある投薬によるものであることや改訂長谷川式簡易知能評価スケールなどのテストは、意思伝達能力の低下のために実施できなかったことが分かりました。
こうした経緯を経て、公証人の証人尋問を行うことになりました。
私は、31年以上の弁護士生活の中で、公証人の証人尋問をするのは、今回が初めてです。
実は、公正証書遺言を対象とした遺言無効確認請求事件で、公証人の証人尋問を実施する段階まで進むのは、簡単なことではありません。
皆さんもご存じのとおり、公正証書遺言は、公証人が作成するものです。
公証人は、原則として元裁判官あるいは元検察官であり、長年裁判実務に携わった後に、退官して公証人となります。また、公証人は、法務省の地方支部局である法務局又は地方法務局に所属する公務員です。
このような法律の専門家が、国の公務として、遺言者から直接遺言の内容を聞いて、公正証書遺言を作成するわけですから、その有効性はかなり高いものと考えられています。
このため、公正証書遺言を対象とした遺言無効確認請求訴訟で、公証人の証人尋問まで進むには、介護認定記録や入院時のカルテ類その他の資料により、遺言者の遺言能力にかなり疑問があるということを立証することが必要となります。
こうした立証ができなければ、裁判官に、「公証人の証人尋問までする必要ありませんね。」と言われてしまします。
本件では、既にお話ししたように、何とかこうした立証ができたので、公証人の尋問まで進むことができたのです。
私自身も、過去に何度も公証人にお願いして病院や介護施設に来てもらい、公正証書遺言を作成してもらいましたが、公証人は、遺言書を作成する前に、遺言者と雑談したり、いろいろな質問をしたりして、遺言者の認識力や判断能力を確認していました。遺言者の遺言能力について疑問がある場合に、こうした確認をしない公証人はいませんでした。
また、公証人は、長年裁判実務に携わってきた人ですので、裁判官あるいは検察官として、何百回と尋問を経験しています。
ですから、なかなか証人尋問で、公証人から有利な証言を引き出すことはできないだろうと思います。
いずれにせよ、公証人の証人尋問は、初めての経験なので、十分に準備をして、抜かりなく望みたいと思います。
尋問前なので、今考えている尋問内容を書くことはできませんが、この事件が終わったら、またコラムで取り上げてみたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。