相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
「任せる」とか「委託する」と書かれていた遺言について
公正証書遺言や、自筆の遺言でも弁護士など専門家の助言を得て作成された遺言であれば、その意味内容は明らかになっていることがほとんどだと思います。
他方、一般の人がご自身で遺言書を作成する場合、遺産をある人にあげたいと思っていても、「相続させる」とか「遺贈する」などの明確な表現ではなく、「甲さんにお任せします」とか「甲さんに委託します」というような記載になっていることがあります。
このような表現ですと、その文言だけでは、甲さんに遺産を取得させるという意味なのか、それとも甲さんが中心となって遺産分けの手続するようにお願いするというような意味なのか、どちらともとれそうです。
このように記載内容が一義的ではなくいくつかの意味に解釈することができそうな遺言は、意外に多く目にします。
その原因は、もちろん法律用語になじみがないということが大きいのでしょうが、それだけでなく、遺言者が婉曲的な表現を好んだとか、この程度に書いておけば当然理解してもらえるはずだという期待などといった事情もあるように思います。
ですが、相続人にとっては、遺言の内容をどう捉えるかによって遺産をもらえるかもらえないかが決まるのですから、遺言の解釈をめぐって争いになることも少なくありません。
その一例として、私が委任を受けて金融機関を相手方として裁判をした件をご紹介します。
Aは、「預貯金や私物の整理を姪のBさんにすべて委託します」という内容の自筆証書遺言を作ってBに預けておきました。Aの死後、Bはこの遺言書をもってAの預金口座があった3行の金融機関に行って、Aの預金を解約して自分に支払ってくれるよう請求しました。ところが3行とも、この内容では預金がBに遺贈されたものとはいえないとして預金の払戻しに応じてくれませんでした。
金融機関としても、Bの請求に応じて預金を払い戻したあとで、他の相続人から何でこの遺言だけでBに預金を支払ってしまったのかとクレームが出て紛争に巻き込まれては困るということだったのでしょう。
そこで、「金融機関はBに預金を支払え」という判決を求めて裁判所に訴えを提起することにしました。
遺言の解釈については、最高裁判所が「遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探求すべき」だとしたうえで、「遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し、その文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況なども考慮して遺言者の真意を探求し、当該条項の趣旨を確定」すべきだという判断を示しています。
Bが金融機関を相手に起こした裁判でも、裁判所は最高裁判所の判決と同様の一般論を示したうえで、「預貯金や私物の整理を姪のBにすべて委託します」という記載をどのように解釈すべきかを検討しました。
まず「委託」という文言について次のように述べます(表現は少し変えています)。
「委託」とは、一般的には「人に頼んで代わりにやってもらうこと。ゆだねまかせること。あずけたのむこと。依頼すること。」(広辞苑第6版)を意味する。この「人に頼んで代わりにやってもらうこと。あずけたのむこと。依頼すること。」の意味を中心に考えれば、上記遺言は、預貯金について何らかの事項をBに代わりにやってもらうという趣旨にとどまるとも解される。他方、「ゆだねまかせること。」の意味を中心に考えると、その処分までもゆだねまかせて自分で預金を取得することもBの自由という遺贈の趣旨と解する余地もある。
つまり、「委託」という語句だけではどちらとも解釈することができてどちらかに決めることはできないということです。
そこで、次のように、遺言書のすべての記載との関連で検討を加えます。
「委託」という語が「代わりにやってもらうこと」の意味で使われているのなら、具体的にBにどういうことをやってもらいたいのか記載されているのが自然なのに、遺言の中にはそうした記載はない。
さらに、遺言書作成当時の事情やAの置かれていた状況を検討して、次のような事情を指摘します。
Aはその夫と死別後は一人暮らしをしていたが、ある時期からBの近所に家を借りて引越し、Bは家を借りるときに連帯保証人になったりするなどAとBが良好な関係にあってBはなにかとAの面倒をみていたこと、他方で他の相続人との関係は疎遠で、残されていたメモの記載などから財産を分けたくないという意思を有していたことがうかがわれる。
結論としては、上記のような検討結果をふまえ、遺言者の真意は、Bに預貯金を遺贈することにあったと推認できるとして、金融機関に対し、BにA名義の口座の預金を支払うよう命じました。
遺言の解釈が問題となるケースはさまざまで、ときには裁判所に判断をしてもらわなければ決着しないこともあります。そのようなことにならないよう、遺言を作成するときから法律家のアドバイスを受けるなど準備をすることが大切です。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。