相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
持ち戻し免除の意思表示の推定について
台風15号、台風19号、それに続く豪雨によって、日本各地で大変な被害が発生しました。被害に遭われた皆様に,心からお見舞い申し上げます。
さて、相続法の改正について、10月のコラムでは遺産の一部分割を取り上げました。
そこで、今月のコラムでは、同じく遺産分割に関連して、持ち戻し免除の意思表示の推定についてお話ししたいと思います。
今回の相続法の改正で、民法第903条第4項に、次のような規定が新設されました。
「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思表示をしたものと推定する。」
この規定によって、20年以上連れ添った夫婦において、例えば夫がその所有する居住用建物とその敷地を妻に生前贈与したり、遺言で遺贈したりした場合には、夫は、持ち戻し免除の意思表示をしたものと推定されることになりました。
これは、具体的には、どういうことでしょうか。
相続人が受けるべき具体的相続分を算定するためには、まずその基礎となる「みなし相続財産」を算定する必要があります。「みなし相続財産」を算定する場合、まず相続時に被相続人が有していた財産に特別受益を加算し、寄与分を控除します。
たとえば、被相続人Aの相続開始時の遺産が預貯金3,000万円、相続人は、妻と長男及び二男の3人とします。妻が時価3,000万円の居住用建物とその敷地の生前贈与を受けていた場合に、もし仮に、上記の民法第903条第4項の規定がないとすると、被相続人Aの相続開始時の遺産額3,000万円に、妻が受けた生前贈与額3,000万円を加算した6,000万円が「みなし相続財産」になります(寄与分はないものとします。)。
この6,000万円の「みなし相続財産」に各相続人の法定相続分を乗じて各相続人の一応の相続分を算出し、そこから妻の受けた3,000万円の贈与の額を控除し、各相続人の具体的相続分を算出します。
上記の事案では、各自の具体的相続分は、次のとおりとなります。
妻 6,000万円 × 1/2 - 3,000万円 = 0
長男 6,000万円 × 1/4 = 1,500万円
次男 6,000万円 × 1/4 = 1,500万円
このように、上記の民法第903条第4項の規定がないとすると、妻が居住用建物とその敷地の生前贈与や遺贈を受けた場合には、妻が遺産としてまとまった金銭を取得できなくなるケースがでてくることになります。
しかし、これでは、妻の老後の生活が心配です。
また、通常、夫が居住用建物とその敷地を妻に生前贈与したり、遺贈したりするのは、長年連れ添った妻の老後の生活を安定させるために、生活の基盤である自宅を特別の取り分として確保してやりたいという気持ちからでしょう。
そうだとすれば、上記のケースのように、妻が居住用建物とその敷地の生前贈与を受けた場合に、妻が遺産としてまとまった金銭を取得できなくなるような結果は、夫の意思に沿わないものとなってしまいます。
そこで、改正相続法は、20年以上連れ添った夫婦において、一方の配偶者が他方の配偶者に自己の所有する居住用建物やその敷地を生前贈与したり、遺言で遺贈したりした場合には、持ち戻し免除の意思表示をしたものと推定することにしたのです。
この結果、上記の推定が破られない限り、生前贈与や遺贈をした配偶者が亡くなった場合、その遺産分割の際の「みなし相続財産」において、生前贈与や遺贈された居住用建物やその敷地の価額を持ち戻す必要はなくなりました。
上記のケースに、この第903条第4項を適用すると、各自の具体的相続分は、次のような結果となります。
妻 3,000万円 × 1/2 = 1,500万円
長男 3,000万円 × 1/4 = 750万円
次男 3,000万円 × 1/4 = 750万円
この第903条第4項の適用要件は、次のとおりです。
1 婚姻期間が20年以上の夫婦
居住用不動産の贈与または遺贈時に、婚姻期間が20年以上であることが必要です。
婚姻期間は、法律婚に限られ、事実婚(いわゆる内縁)は含まれません。
また、同じ当事者間で、結婚と離婚を繰り返しているときは、結婚している期間が通算20年以上になっていれば、この要件をみたします。
2 その居住の用に供する建物又はその敷地(居住用不動産)
原則として、贈与または遺贈時に、住居として使用されていることが必要です。
通常の居宅は当然含まれますが、居宅兼店舗は、建物の構造や状況によってこの要件を満たさないことがあります。
たとえば、住居部分と店舗部分が完全に分離していたり、住居部分の割合が極めて小さいときは、居住用建物とみとめられないこともあります。
3 遺贈又は贈与をしたとき
少し難しい話になりますが、居住用建物を配偶者に「相続させる。」という表現の遺言書の場合は、遺贈ではありませんので、原則として該当しないことになります。
これらの要件をみたすときは、第903条第4項が適用され、被相続人は、配偶者に贈与又は遺贈した居住用建物について、持戻し免除の意思表示をしたものと推定されます。
「推定」というのは、これで決まりというものではなく、他の相続人が反対の事実を立証すれば、覆すことができます。
端的な例は、持戻し免除をしないという被相続人の意思を確認できる書面などが出てくれば、上記の「推定」は覆り、持ち戻しが必要となります。
この規定は、居住用建物とその敷地の贈与や遺贈を受けた配偶者にとって、非常に有利なものであり、今後の遺産分割の実務に大きな影響を与えますので、注意が必要です。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。