

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
相続放棄と亡くなられた方の葬儀費用~遺産である預金から葬儀費用も出せないの?
あっと言う間に梅雨が開けてしまいました。東京では、それほど雨が降った印象がないのですが、ダムの貯水率を調べてみると、利根川水系77.9%、荒川水系98.3%、多摩川水系86.5%となっており、今年は水不足にはならないようです。
さて、今回は、相続放棄の話です。
最近受けた相談で、亡くなった方に多額の貸し付けをしていたが、相続人に返還請求できないかというものがありました。
もちろん、亡くなった方が債務を負っていた場合、相続人は、その債務も相続しますので、亡くなった方の債権者は、相続人に請求することができます。
しかし、亡くなった方が多額の債務を負っている場合には、相続人も、それを知っていることが多く、すぐに相続放棄の手続きを取ってしまいます。
2017年4月のコラムでも説明しましたが、相続放棄は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して行います。
相続放棄をすると、放棄者は、その相続に関して最初から相続人でなかったものとみなされます。したがって、財産も債務も引き継ぐことはありません。
相続人としては、相続放棄の手続きとれば一安心なのですが、相続放棄というのは、後でひっくり返されることがあるので注意が必要です。
これは、実際にあった事案ですが、私の依頼者のAさんは、お父様のBさんが亡くなったので、家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して受理されました。しかし、Aさんは、相続放棄の手続きをする前に、Bさんの遺産である預金を引き出して、自分の生活費に使ってしまっていました。
このように、相続人が、相続が始まったことを知っていながら、相続財産を処分したり、隠したりすると、単純承認したことになり、たとえ家庭裁判所で相続放棄の申述書を提出して受理されていたとしても、相続放棄の効果、つまり、財産も債務も引き継がないという効果は認められず、相続人として被相続人の債務を相続し、亡くなった方の債権者に債務を弁済しなければならなくなります。
Bさんにお金を貸していた債権者は、AさんがBさんの遺産である預金を使っていないか調査しました。この結果、AさんがBさんの預金を使っていることが判明したため、Aさんに対して、Bさんに対する貸金を返還するように請求してきたのです。
さらに、Aさんがこの請求に応じないと、Aさんを被告として、貸金を返還するように請求する訴訟を、地方裁判所に提起してきました。
訴訟を提起されたAさんは、相続放棄の申述書を家庭裁判所に提出して受理されたことを証明する「相続放棄申述受理証明書」を、地方裁判所に証拠として提出しました。
しかし、Bさんの債権者は、Bさんの死後、AさんがBさんの預金口座から預金を引き出したことを証明する資料を証拠として提出したため、単純承認したものとみなされ、相続放棄の効果をうけることができなくなってしまいました。
このように、相続人が家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出して受理されたとしても、それは、あくまで相続放棄に必要な手続きを取ったというだけの意味しかなく、相続放棄の効果が確定したというわけではないのです。
では、もしAさんが、Bさんの預金口座から引き出したお金を、Bさんのお葬式のために使っていた場合でも、単純承認をしたとみなされるのでしょうか。
また、Aさんのケースとは異なり、相続人が、被相続人の所有していた時計や着物を、形見分けとしてもらったら、単純承認とみなされるのでしょうか。
もし、そうなるとしたら、相続人は、たとえ被相続人の預金口座に預金があっても、自分のお金で被相続人のお葬式を出さなければならず、また、形見分けもできなくなってしまいます。
この点については、いくつか裁判例があります。
まず、葬儀費用ですが、被相続人の身分相応な葬儀を行った費用を、被相続人の財産から支出しても単純承認に当たらないとした裁判例があります。
葬儀費用に近いものとしては、被相続人の死後、被相続人名義の預金を解約し墓石購入費に充てた行為について、「相続債務があることが分からないまま、遺族がこれを利用して仏壇や墓石を購入することは自然な行動であり、また、本件において購入した仏壇及び墓石が社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、それらの購入費用の不足分を遺族が自己負担としていることなどからすると、「相続財産の処分」に当たるとは断定できない。」とした裁判例があります。
次に形見分けですが、「相続人が行方不明であつた被相続人の着衣、身回り品、わずかな所持金、遺体などを所轄警察署から引き渡されて、着衣、身回り品はほとんど経済価値のないものであり、所持金も二万余円にすぎず、しかもその場で火葬費用等の支払にあてるなど判示事情のもとにおいては、これをもって民法921条1号の「相続財産の一部を処分した」ものとはいえない。」とした裁判例があります。
同様に、かなり資産のあった被相続人の形見の趣旨で、背広上下、冬オーバー、スプリングコートを持ち帰った行為を民法第921条第1号の処分にあたらないとした裁判例もあります。
こうした裁判例からすると、被相続人の生前の生活からみて身分相応な葬儀を出すことに被相続人の預金を使う場合やあまり価値のない被相続人の着衣、身回り品を持ち帰ることは、相続財産の処分や隠匿には当たらないということになりそうです。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。