相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
こんなこと、本当にあるのか?!相続持分の譲渡と登記
東京都の新型コロナウイルスの新規感染者数は、増加傾向を見せていませんが、北海道の新規感染者数は、増加傾向にあるように見えます。
北海道が、日本の中で一番最初に冬の気候になることからすると、今後、冬の気候が南下してくるに従って、本州でも、感染者が増加傾向になってくるかもしれません。
第6波が来ないことを祈っていますが、新規感染者数の推移を注視したいと思います。
さて、今回は、改正民法にまつわるお話です。
民法の相続編については、令和元年7月1日に改正法が施行されました。
この改正法では、相続により財産を取得した場合、法定相続分を超える部分については、登記、登録その他の権利の移転についての対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができなくなりました。
これは、具体的には、どういうことでしょうか。
具体的な事例で考えてみましょう。
Aが亡くなり、遺産には、自宅の土地及び建物があり、また、相続人は、長男と二男の2人です。
この場合に、「自宅土地及び建物を長男に相続させる。」というAの遺言があり、これによって長男が自宅土地及び建物全部を取得したとすると、長男は、取得した自宅土地及び建物について、法定相続分の2分の1を超える部分(2分の1)について、相続による移転登記をしなければ、第三者に対抗することができません。
「第三者に対抗できない。」とは、もし二男が、第三者に対して、遺産である自宅土地及び建物には、自分に法定相続分として2分の1の権利があると説明して、この権利を売却してしまった場合、長男は、この第三者に対して、自分の法定相続分の2分の1を超える部分について、自分が取得したことを主張できないということです。
2年前に、三井住友トラスト不動産の相続の法律Q&Aに、改正法の内容を加筆したときに、上記の説明と、ほぼ同じ説明を書きました。
当時、この説明の原稿を書いていたときに、内心では、遺産分割が終わる前に、第三者に対して、遺産である不動産についての自分の法定相続分を売却する相続人はいないだろうし、仮にいたとしても、遺産分割も終わっていない不動産の相続持分のような面倒なものを買う人もいないだろうと思っていました。
実際、長年、多数の遺産分割事件を扱ってきましたが、そのような事案を経験したこともありませんでした。
ところが、先日受けた相談で、正にこの改正法の適用を受けるケースがありました。
相談の内容は、次のようなものでした。
Aが亡くなり、遺産には、自宅の土地及び建物と自宅近くにあるアパートの土地及び建物がありました。Aの相続人は、長女と長男の2人だけであり、2人は、遺産の分け方を巡って対立していましたが、長女は、突然、上記の不動産の自分の相続持分を、業者に売却してしまいました。当然、この持分を買い取った業者は、すぐに移転登記をしました。
ところが、その後、Aの自宅のタンスの中から、Aの自筆証書遺言が見つかり、この遺言書には、自宅の土地及び建物は長男に相続させ、また、アパートの土地及び建物は長女に相続させると書いてありました。
この遺言書は、自筆証書遺言の形式要件を満たしており、Aの筆跡であることも疑いの余地のないものでしたので、遺言書として有効なものでした。
これによって、長男は、自宅の土地及び建物を相続しましたが、長男の法定相続分を超える部分(2分の1)については、既に業者に売却され、移転登記も終わっていますので、長男は、自分の法定相続分を超える部分(2分の1)については、業者に対抗することができません。つまり、長男は、自分の法定相続分を超える部分(2分の1)について、取得できないことになります。
相談者は、この長男であり、私は、初めてこのようなケースにぶつかったので、ちょっと驚いて、もう一度、落ち着いてよく考えました。
しかし、どう考えても、正に改正法が適用される場面であり、長男は、自分の法定相続分を超える部分(2分の1)を、取得できません。
このことを、長男に対して説明すると、長男は、ショックを受け、今後の対策について、質問してきました。
考えられる対策としては、長女に対して、自宅の土地及び建物の持分2分の1を業者に売却したときに、長女が業者から受領した売買代金を、不当利得として返還請求することです。
不当利得とは、法律上の原因がないのに、他人の財産や労務から利得を得た人がいる場合に、それによって損失を被った他人は、利得を得た者に対して、その利得の返還を請求できるという制度です。
この制度で、返還請求できる金額は、原則として利得額までであって、損失額ではありません。従って、長男は、長女が業者から得た売却代金額を限度として返還請求ができるだけです。
しかし、長女から相続持分を買い取った業者は、こうした相続持分を買い取る専門業者ということなので、おそらく長女は、かなりの安値で買い叩かれているはずです。
そうすると、長女が得た利得とは、この買い叩かれた安値の代金額ですから、長男が長女に返還請求できる額も、この安値の代金額ということになります。
この不当利得返還請求以外には、長男を救済する対策は思い浮かびません。
最初に説明したとおり、改正法は、相続により財産を取得した場合、法定相続分を超える部分については、登記、登録その他の権利の移転についての対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができないと定めていますが、長男は、遺言書が発見されるまで、自宅の土地及び建物について、長男の法定相続分を超える部分については、自分名義に登記することはできません。
登記することができないのに、登記をしなければ第三者に対抗できず、自分の法定相続分を超える部分を取得できなくなるというのは、何となく釈然としません。
しかし、いろいろな文献や法制審議会の改正法についての議事録を読んでも、この結論は動かないようです。
相続人よりも、第三者の保護を優先するという価値判断による改正ですから、仕方ないのかもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。