相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
相続放棄をした後の管理責任
相続放棄の手続や効果については、以前にもこのコラムで説明しましたが(2017年4月)、今回は、相続放棄をした後の管理義務についてお話しします。
相続放棄をすると、その人は、その相続に関しては、はじめから相続人とはならなかったものとみなされます。
民法は、相続人は、相続の承認または放棄をするまで、相続財産を管理する義務を負わなければならないと定めているので、逆に言えば、相続放棄をした後は、相続財産を管理する義務を免れることになりそうです。
しかし、相続放棄によって相続財産を管理する者がだれもいなくなってしまうということになると、それは実際上、不都合が大きく妥当ではありません。
そこで民法は、相続を放棄した者は、放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるようになるまで、自己の財産と同一の注意をもって財産の管理を継続しなければならない、とも定めているのです。
つまり、相続放棄をしても、そのことによって当然に相続財産の管理義務から解放されるわけではないということです。
相続の放棄があると、その者の相続権は他の共同相続人に移ります。
たとえば、お父さんが死んで(お母さんはその前に亡くなっているとします)、子どもA・B・Cの3人が相続人だったところ(相続分は各3分の1)、Aだけが相続放棄をしたという場合、相続放棄によってAははじめから相続人ではなかったことになりますから、BとCが相続人となります(相続分は各2分の1)。
このような場合なら、BもCももともと相続人だったのですから、Aが相続放棄をしたことを容易に知り得ることが多いでしょう。
しかし、子どもがA1人しかおらず、そのAが相続放棄をしたような場合はどうでしょう。
この場合、相続権は、次の順位の相続人に移ります。お父さんの直系尊属(Aからみて祖父や祖母)が存命であればその人が相続人となり、直系尊属も死亡している場合には、お父さんの兄弟が相続人となります(Aからみて叔父や叔母)。
お父さんが亡くなったことは知っても、Aから相続放棄をしたということを知らせない限り、兄弟たちは自分たちが相続人だとは思っていないはずです。
そうなると、当然、相続財産の管理もしませんから、Aが管理を続けないと、相続財産を管理する者がいなくなってしまいます。
そこで、放棄をしたとしても、他の相続人が相続財産の管理を始めることができるようになるまで、管理を継続しなければならないとされているのです。
また、相続放棄をするようなケースでは、被相続人に借金などの債務があることも多くみられます。
相続放棄をしたことを知らせないでいると、自分が相続放棄をしたことによって相続人となった者に対して、債権者からいきなり「あなたは相続人だから債務を引き継いでいる」などとして請求が行くこともあり、相続放棄をした者との間でトラブルになりかねません。そうしたことからも、相続放棄をしようとするときは、あらかじめ、その次に相続人となる人に連絡しておくべきです。
もっと深刻なのは、相続人の全員が相続放棄をした場合です。
そのままでは、相続財産の管理を引き継ぐ人がいないことになってしまいます。かといって、相続放棄をした人がいつまでも管理を続けなければならないということになると負担が大きすぎます。
そこで、相続放棄によって相続人がいなくなってしまう場合、放棄した者や利害関係人は、家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し立てることができるとされています。
相続財産管理人が選任されれば、その管理人が相続財産の管理を引き継ぎますので、相続放棄した者は、相続財産の管理から解放されることになります。
相続財産管理人となる人に特段の資格は必要なく、申立の際に候補者をあげることもできます。
ただし、その候補者が相続財産管理人に選任されるとは限りません。実際上は、弁護士や司法書士などの専門職に委嘱されることも多くあります。
相続財産管理人は、相続財産の管理を引き継ぐとともに、被相続人の債権者に債務を支払うなどして清算を行います。家庭裁判所の許可を得て、被相続人の不動産や株など、資産を売って金銭に換えることもできます。
債権者に返済をしてそれでも財産が余ったときは、これを国庫に引き継ぐことにより任務が終了します。
相続財産管理人の選任を申し立てる際に注意しなければならないのは、申立人は費用の予納を求められることが通常だということです。
相続財産管理人がその職務を行うためには費用がかかりますし、報酬も支払われなければなりません。そのため、あらかじめ、費用を納めることが求められるのです。
予納金の額は、裁判所が事案の内容に応じて決めますが、概ね、30万円から100万円程度でしょう。
相続財産が十分にあれば、最終的には、相続財産の中から予納金も返還されます。しかし、相続財産が少ないときは返還される原資がないことになりますので、申立人が費用を自ら負担せざるを得ない結果となります。
申立てをするかどうか迷うところですが、たとえば相続財産の中に不動産があり、放置しておくと近隣に迷惑や被害を及ぼすおそれがあるようなときは、実際に被害が生じた場合、管理責任をとわれて損害賠償の請求を受けることともなりかねません。
そうした財産があるような場合は、費用がかかっても相続財産管理人の選任を検討すべきでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。