相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
相続分の譲渡
こんにちは。銀座第一法律事務所の弁護士鷲尾誠です。
今回は、「相続分の譲渡」についてお話しします。
相続放棄や遺産分割協議と違い、「相続分の譲渡」については、一般にはあまり耳になじみがないかもしれません。
相続分の譲渡とは何かというと、相続人が、遺産に対して持っている持分割合を譲受人に移転することです。相続分というのは、積極財産と消極財産を含めた遺産全体に対する持分割合のことですから、遺産に属する不動産だけとか借金を除く資産だけ、というように遺産のうちの一定の財産だけを譲渡するのではなく、資産と債務を含めた一体としての遺産に対する持分割合を譲渡するものです。
相続分の譲渡について、民法上、正面から定めた規定はありません。ですが、民法905条1項に「共同相続人の1人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したとき」とあることから、相続分の譲渡は当然に認められると考えられています。家庭裁判所の調停中においても、相続分の譲渡が行われることがあります。
相続分の譲渡は、持分全部を譲渡することが多いですが、一部だけを譲渡することも可能です。
譲渡するにあたって、対価をもらうのも(有償譲渡)もらわないのも(無償譲渡)自由です。
相続分の譲渡を行うにあたって、こうしなければならないという形式の定めはありませんが、後日の紛争を避けるため書面を作成しておくべきです。とくに相続財産に不動産が含まれていて登記が必要な場合には、譲渡人の実印が押印された相続分譲渡証明書が必要となります。
相続分譲渡証明書に一定の方式があるわけではありませんが、「私は、●●の相続人ですが、私の有する相続分の全部を▲▲に無償で譲渡します。」などと記載し、譲渡する相続人と譲受人それぞれが署名押印するのが普通です。登記に使う際には押印は実印で行い、印鑑証明書を添付します。
記載のうえで重要なのは、相続分の全部を譲渡するか一部なのか、有償か無償かを明らかにしておくことです。
譲渡の相手方は、共同相続人でも相続人ではない第三者でもかまいません。しかし、純粋な第三者に相続分の譲渡が行われることは稀でしょう。
共同相続人に対して譲渡が行われると、相続分を譲り受けた者は、自分がもともと持っていた相続分に譲り受けた相続分を合わせた持分を持つことになります。
たとえば、相続人が配偶者と長男と二男の3人だとすると、相続分は配偶者が1/2、長男と二男は1/4ずつです。この場合に、配偶者が自分の相続分を全部長男に譲渡すると、長男の持分は3/4、二男の持分は変わらず1/4となります。これに対し、配偶者が相続放棄したような場合は、配偶者はもともと相続人ではなかったことになりますから、相続放棄後は、長男と二男の持分はそれぞれ1/2ずつとなります。
長男と二男の持分に差をつけることなく相続分の譲渡を行いたいなら、上記の例でいえば、配偶者は自分の相続分を長男と二男に1/4ずつ譲渡すれば、譲渡後の長男と二男の持分は1/2ずつとなります。
相続分の全部を譲渡した者は、相続人としての地位を失うことになりますから、遺産分割協議に参加する資格もなくなります。
相続分を第三者に譲渡することも可能で、この場合には、その第三者が相続人の資格を有することになります。そこで、相続分が第三者に譲渡された場合には、遺産分割を行うにはその第三者を含めて行わなければなりません。
ただし、相続人たちの中にいきなり第三者が入ってきて相続人の遺産について分割を求めてくるということは、場合によっては無用な混乱を招くことにもなりかねません。そこで民法905条には、「共同相続人の1人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。」として、共同相続人に、第三者に対して行われた相続分を取り戻す権利を認めています。ただし、この権利は、1ヶ月以内に行使しなければなりません。
相続分の譲渡を行う場合に注意しなければならないのは、相続財産に債務が含まれている場合、相続分の譲渡があっても、債権者に対する関係では、債権者の承諾のない限り、譲渡人は責任を免れるわけではないということです。ですから、遺産に債務が含まれている場合、相続分の譲渡を行うにあたっては、譲受人との間で、債務の支払責任が自分に振りかかってこないようきちんと合意するとか、それに見合うだけの対価をもらうなどの手当てをしておくことが必要です。
相続分の譲渡が行われるのは、たとえば次のような場合です。
・遺産分割のトラブルに巻き込まれたくない
・相続人の数が多いため相続分の譲渡を行うことによって当事者を整理したい
・遺産分割の成立まで長引きそうなので早めに現金がほしい
・内縁の配偶者や孫など、相続に利害関係の深い第三者に相続分を譲渡することでその第三者を遺産分割に関与させたい
私も、上記のような場合に相続分の譲渡のお手伝いをしたことが何度かあります。
相続人が20人近くいて、遺産の額はそれほど多額でもなく、大多数の人は生前に被相続人である親の面倒をみていた相続人が遺産をもらうべきだとしていましたが、1人だけがこれに頑として反対していたため、その人を除く相続人全員から事前に相続分を譲渡してもらい、譲渡に応じない1人だけを相手方として遺産分割調停の申立てをして早期に手続を終了させたというケースや、遺産分割協議がなされないままある相続人が遺産である不動産を利用していたところ、共同相続人の1人が遺産分割調停を申し立てたものの、他の共同相続人はまったく調停に参加せず連絡も取れないため手続が進まないといった場合に、調停を申し立てた相続人の相続分を買い取ることで解決したなどのケースがあります。
遺産分割を行うよりも場合によっては簡易かつ早期に相続問題を解決する一つの方法として参考にしてみてください。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。