相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
20年前に行われた生前贈与と遺留分
Aさんは90歳で亡くなりましたが、生前、自分の財産はすべて長男に相続させるという内容の遺言書を作成していました。Aさんの相続人は、長男と二男の二人で、相続財産は1,000万円の預金です。
長男は、20年前に自宅を新築していましたが、その際にAさんから建築資金3,000万円の贈与を受けていました。二男はそのような贈与を受けたことはなく、不公平を感じていたうえ、遺言でもすべての遺産が長男に譲られるとされていたことに納得がいきません。
相続でもめたくはなかったのですが、長男は遺言書どおりに自分がすべて相続すると言って譲らないため、二男は遺留分を請求することにしました。
二男は、遺留分の額を計算するときには、長男が受けた3,000万円の贈与も考慮されると思っていました。ところが、知人から、民法が改正されたため、Aさんの死亡する20年前の贈与は遺留分の対象となる財産には組み込まれないのではないかと聞き、長男の悪運の強さに何とも言えない思いを感じていました。
二男は、生前贈与分については、遺留分の主張はあきらめるしかないのでしょうか。
遺留分算定の基礎となる財産の額は、相続開始時に存在していた財産の額に贈与された財産の額を加えて計算します。
この加算される贈与について、改正前の民法では、「相続開始前の1年間にしたものに限り」その価額を算入すると定められていました。しかしこの規定は、相続人以外の第三者に対して贈与が行われた場合に適用されるのであって、生前贈与が相続人に対して行われたものであるときは、1年という時期を問題とすることなく、原則としてすべての贈与が遺留分算定の基礎となる財産に算入されると考えられていました。
しかし新法はこの点を改め、相続人に対する生前贈与については、相続開始前の10年間にされたものに限って、遺留分を算定するための財産の価額に含めるという規定をもうけました。
なぜ期間が10年ということになったのかについては、5年では短すぎるし10年くらい前から遺産分けをする例も少なくないから10年くらいが適当ではないかということだったようですが、明確な理由はよくわかりません。とにかく、相続人に対して行われた贈与についても、10年以内というように時期的な限定が加えられてしまったのです。
そうなると、 10年より前に他の相続人に対して行われた贈与については、遺留分の額に算入することはできないということになりそうですが、じつは例外があります。
民法改正以前から、相続人以外の者に対して行われた贈与に関して、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、1年より前に行われた贈与も遺留分算定の基礎となる財産の額に加えるものとされていました。
改正法は、相続人に対して行われた贈与について10年という期間の制限をもうけましたが、その一方で、相続人以外の者に対して行われた贈与の場合と同様に、相続人に対して行われた贈与の場合も、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知りながら行った贈与については、10年より前にした贈与も遺留分算定の基礎となる財産の額に算入することとしたのです。
なお、損害を加えることを知ってというのは、遺留分を侵害するという認識があればよく、損害を与えてやろうという加害の意図までは必要ないと解されています。
冒頭にあげた例では、贈与が行われたAさんの亡くなる20年前には、Aさんにはすでに自宅の土地建物のほかにはとくにみるべき財産はありませんでした。また、Aさんは仕事も辞めて年金生活者となっていたという事情もありました。
こうした場合であれば、贈与が行われた当時、Aさんも長男も、Aさんの財産が将来増加する見込みがないことを予見しており、遺留分を侵害する認識があったといえるでしょう。したがって、二男としては、Aさんが死亡した時点の相続財産である1,000万円の預金に加えて20年前に行われた3,000万円の生前贈与についても遺留分算定の基礎に加えるよう主張することができる可能性が高いといえます。
具体的には、遺留分算定の基礎となる財産の額としては1,000万円(預金)+3,000万円(生前贈与)=4,000万円ということになり、これに二男の遺留分割合である4分の1を乗じた1,000万円の遺留分を請求できる可能性があるということになります。
ご相談を受けていると、相続人の間では、10年という期間よりもっと前に贈与がなされていることも決してめずらしいことではありません。したがって、今後、ここで紹介したような争いが増えるかもしれませんが、相続人双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与を行ったといえるかどうかの判断は、微妙なことが多いことが予想されます。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。