相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
子供の頃もらえなかった遺産を取り戻したい!未成年者が相続人となる遺産相続の手続き
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
さて、昨年暮れ、都内に住む45歳の男性Aさんから、子供の頃にもらえなかった遺産を取り戻したいという相談がありました。
Aさんのお父さんは、Aさんが10歳の時に亡くなり、お父さんの相続がありました。相続人は、母親B、当時すでに成人していた兄C、14歳の姉D、そしてAさんの4人であり、遺産は、自宅の土地及び建物と預貯金だったそうです。
当時、Aさんは10歳だったので、どのような相続手続きが行われたか、全く知りません。今、不動産登記を調べてみると、自宅の土地及び建物は、お父さんが亡くなった年に、相続を原因として兄Cに所有権移転登記がされているそうです。預貯金については、どうなったか全くわかりません。
Aさんは、「自分が子供のころに、自分の知らないうちに、自宅の土地及び建物全部が兄Cのものになってしまったのは納得がいかない。何とか、自分の法定相続分6分の1を取り戻せないか。」と質問されました。
Aさんの相談にお答えするには、まず、Aさんのお父さんの相続が、どのような手続きで行われたかを知る必要があります。
しかし、Aさんは、そのことについて、当然のことながら全く記憶がありません。また、高齢の母親Bに聞いても、「昔のことでよく覚えていないし、書類も残っていない。」と言われたそうです。しかも、相続から35年経過していますので、法務局や家庭裁判所には、移転登記申請や相続放棄の書類は残っていません。このため、どのような手続きが行われたかは、推測するしかありません。
まず、最も一般的な手続きは、未成年であったAさんと姉Dにそれぞれ特別代理人が選任され、母親B、兄C、特別代理人2人の4人で遺産分割協議を行い、遺産の分け方を決める方法です。
特別代理人という聞きなれない言葉が出てきましたが、特別代理人とは何でしょうか。
民法上、未成年者の財産上の行為は、親権者が代理して行うのが原則です。遺産分割協議も、財産についての行為ですので、親権者が未成年者を代理して行うことができるように思えます。
しかし、未成年者とその親権者が共同相続人となっている相続の場合、親権者自身も相続人ですから、親権者がたくさん相続財産をもらえば、未成年者がもらう相続財産は少なくなりますので、親権者と未成年者とは、利害が対立します。これを、利益相反と言います。このような利益相反の場合に、親権者が未成年者を代理して遺産分割協議をすると、親権者に有利な内容の遺産分割となる恐れがあります。そこで、親権者は、このような利益相反の場合には、家庭裁判所に申立てをして、未成年者のために、特別代理人を選任してもらわなければなりません。親権者の親権に服する未成年者が複数いる場合は、未成年者のそれぞれに別の特別代理人を選任しなければなりません。
従って、Aさんのケースでも、Aさんと姉Dそれぞれに特別代理人が1人ずつ選ばれます。たとえば、AさんにはX、姉DにはYが選ばれます。そして、母親B、兄C、X、Yの4人で遺産分割協議をすることになります。
このような手続きが取られ、その結果、遺産である自宅の土地及び建物を兄Cが全部取得することが決められたとすると、この遺産分割協議に違法な点はありませんから、覆すことは困難です。
では、特別代理人の選任をせずに、母親Bと兄Cだけで遺産分割協議をしてしまったということはないのでしょうか。
この事件では、Aさんが10歳の時、つまり今から35年前に遺産分割協議が行われているはずですが、その当時、既に未成年者に特別代理人を選任して遺産分割協議を行うという取り扱いは確立していましたので、特別代理人を選任せずに遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成しても、そのような遺産分割協議書では、法務局は、自宅土地建物の所有権移転登記を認めなかったはずです。したがって、法務局が移転登記している以上、特別代理人の選任をしなかったということは考えられません。
次に考えられる相続手続きとしては、母親B、Aさん及び姉Dが相続放棄をするという方法です。この方法を取れば、相続人は兄Cだけになりますので、兄Cさんが自宅の土地及び建物の全部を相続することができます。
もっとも、未成年者とその親権者が共同相続人となっている相続では、未成年者が相続放棄をすると、親権者の相続する財産が多くなりますので、やはり利益相反の関係になります。従って、親権者が未成年者を代理して相続放棄をすることはできず、未成年者に特別代理人を選任して、この特別代理人が未成年者を代理して相続放棄をすることが必要です。
ただし、最高裁判所 の判例には、後見人の事案についてですが、後見人と被後見人(後見される人)が共同相続人である相続において、後見人自身が相続放棄を後に、被後見人が相続放棄をした場合、あるいは後見人と被後見人が同時に相続放棄をした場合には、後見人と被後見人とは利益相反に当たらないとしたものがあります。
確かに、後見人自身が相続放棄を後に、被後見人を代理して相続放棄をする場合、あるいは後見人と被後見人が同時に相続放棄をする場合には、被後見人が相続放棄をしても、後見人が相続できる財産が多くなるという事態は起こりませんので、後見人と被後見人の間に利益相反はないといえます。
この最高裁判例の考え方によると、Aさんのケースでも、母親Bが、自分の相続放棄をした後で、親権者としてA及び姉Dを代理して相続放棄をするという方法、あるいは母親Bが、自分の相続放棄とAさん及び姉Dの相続放棄を同時にするという方法を取れば、母親Bは、特別代理人を選任しなくても、Aさん及び姉Dの相続放棄をすることができます。
この結果、相続人は兄Cだけになりますので、兄Cが自宅の土地及び建物の全部を相続することができます。
本件で、兄Cは、自宅の土地及び建物について相続を原因とする所有権移転登記をしていますので、その登記申請について法務局の審査を受けています。
また、上記の所有権移転登記は、お父さんが亡くなった年、つまり昭和57年に行われていますが、昭和20年代から30年代とは異なり、昭和57年には、未成年者とその親権者が共同相続人の相続についての法務局の取り扱いも確立していたはずです。
そう考えると、Aさんのケースで、当時10歳であったAさんの利益が本当に守られたかどうかは別として、法的な手続きに違法な点はなかったと考えられますので、Aさんの法定相続分6分の1を取り戻すことは難しいようです。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。