相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
「託す」の意味は?不明確な表現の遺言と登記
先日、スケジュール調整のミスで、ダブルブッキングをしてしまいました。
一つは、午前10時から1時間のWeb会議、もう一つは、同じ日の午前11時からの不動産売買の決済立ち合いでした。
時間だけ見ると、ダブルブッキングではありませんが、時間だけでなく場所も考えると、ダブルブッキングになってしまいます。
実は、10時からのWeb会議は、仕事柄、人に聞かれては困る話ですから、個室でなければならないので、有楽町の事務所か練馬の自宅でということになります。一方、11時からの不動産の決済は、渋谷駅近くの不動産会社でした。午前10時から1時間、有楽町か練馬でWeb会議をこなして、午前11時に渋谷に着くのは不可能です。
そこで、今はやりのワーキングスペースをネットで探したところ、不動産売買の立ち合いをする不動産会社から徒歩5分の場所に、個室のワーキングスペースを見つけたので、すぐに予約しました。
当日は、午前10時から予約したワーキングスペースでWeb会議を行い、5分ほど早く終わらせてもらい、午前11時に不動産会社に駆け付け、何とか2つの予定をこなすことができました。
さて、今回は、意味が不明確な遺言書の文言のお話です。
先日、こんな相談がありました。
Bさんは、亡くなったAさんの奥さんですが、Aさんには自筆証書遺言があり、「自分の遺産は、すべてBに託します。」と書いてありました。
亡くなったAさんの自筆証書遺言は、遺言書としての形式は整っており、形式面の有効性に疑問はありませんでした。もちろん、家庭裁判所での検認の手続きも済ませていました。
しかし、「託す」とは、どういう意味なのかが、はっきりしません。
そこで、この遺言書の作成経緯をBさんに聞いたところ、Aさんは、Aさんの親友のCさんの目の前で、この遺言書を書いたことが分かりました。
Cさんの話によると、Cさんは、Aさんの自宅でAさんと話をしていたときに、Aさんから、「自分が死んだら、遺産の土地や建物、預金などを、すべて家内に相続させたいんだが、どうしたらいいか。」と聞かれたそうです。
Cさんが、ネットでしらべたところ、自筆証書遺言の書き方と、「託す」という文言でよいというような記事を見つけたので、それをAさんに教えたところ、Aさんは、その場にあったレポート用紙に、「自分の遺産は、すべてBに託します。」と書いて、日付を書き、署名・捺印をして、封筒に入れ、自宅の机の引き出しに入れたたそうです。
このため、Cさんは、Aさんの死後、Aさんの自宅を訪れ、Aさんの自筆証書遺言をAさんの机の中から取り出し、検認の申立までしました。
これで、Aさんが「託します。」と書いた気持ちは分かりましたが、この遺言書で、不動産の所有権移転登記や預金の解約などの相続の手続きができるのでしょうか。
こういう場合、相続人間に対立がなければ、遺産を全てBさんが相続する内容の遺産分割協議書を作成し、この遺産分割協議書を使って預金の解約や不動産の所有権移転登記をするという方法もありますが、Bさんには、2人のお嬢さんがいて、Bさんと長女の方とは、あまり仲が良くなかったので、この方法をとることができませんでした。
そこで、この遺言書で不動産の所有権移転登記ができるかどうか、いつも登記手続きをお願いしているベテランの司法書士の先生に確認したところ、「遺産をもらうのが奥さんなので、Aさんの意思が確認できる資料を揃えてくれれば、なんとかなるかもしれない。」という回答でした。
司法書士さんが揃えてほしいと言ったのは、次のような書類でした。
① Aさんがこの遺言書を書いたときのやり取りを記載したCさんの上申書
この上申書には、Cさんに署名と実印での捺印をもらい、Cさんの印鑑登録証明書を添付する。
② Aさんの遺言書の印が、Aさんの印鑑を押印したものであることが分かる資料
私は、早速、Cさんに教えてもらったAさんの遺言書の作成経緯を、上申書の形式にまとめ、それをCさんに送って、「この上申書と全く同じものを、そのまま自筆で書いて署名し、Cさんの実印で押印した上、Cさんの印鑑登録証明書1通とともに返送してください。」とお願いしました。Cさんは、親友であったAさんと奥さんのBさんのために、すぐに上申書と印鑑登録証明書を返送してくれました。
次に、Aさんの遺言書の印ですが、ここで困ったのは、この印がAさんの実印ではなかったことです。
しかし、Bさんに聞いたところ、この印は、実印ではないのですが、Aさんの銀行への届出印であることが分かりました。そこで、銀行にお願いして、届出印の登録簿の写しをもらいました。
司法書士の先生が、検認済みのAさんの遺言書、Cさんの上申書と印鑑登録証明書、銀行からもらった届出印の登録簿の写しなどの書類に、司法書士の先生が作成した事情を説明する書面を添付し、法務局に対して、Aさんの遺産である土地及び建物の所有権を、相続によってBさんに移転する登記の申請をしたところ、無事申請が通り、何とかBさんに所有権移転登記をすることができました。
まだ、預金の解約の手続きはしていませんが、法務局が所有権移転登記を認めているので、その事情を説明すれば、預金の解約も可能ではないかと思っています。
今回は、Cさんの上申書や銀行の届出印の登録簿など、いろいろな資料が手に入り、何とか登記申請を認めてらえました。
しかし、Aさんが、誰にも知らせずにこの遺言書を書いており、Cさんのように遺言書作成の経緯を知る人がいなかったり、この遺言書の印が、実印でも銀行への届出印でもない認印であったりしたら、登記申請は認められなかったかもしれません。
ネット上の情報というのは、玉石混交です。
「託す。」という表現でも相続を理由とする所有権移転登記が認められたという情報があったとしても、それは結論に過ぎず、その結論に至るまでに、いろいろな事情があるはずです。あるいは、単に裁判所の判決の結論だけを引用しているだけということもあります。
ですから、ネット上の情報に基づいて行動する場合は、誰が書いた文章なのかをよく確認し、また、結論部分だけではなく、その結論の前にある記述も、よく読むべきだと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。