相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺産に含まれる預貯金の払戻しについて
今回は、前回に引き続き、遺産分割に関連する相続法の改正にまつわるものとして、預貯金の払戻し制度についてお話しします。
遺産分割の対象となる相続財産に預貯金が含まれるとき、平成28年最高裁判所の決定が出る前は、預貯金は、相続開始と同時に共同相続人の相続割合に応じて当然に分割されると考えられていました。そこで、相続が発生すると、それぞれの相続人が、他の相続人と遺産分割協議をすることなく、金融機関に、自分の相続割合に応じた預貯金の払戻しを請求することができました。
ところが、平成28年最高裁判所の決定は、預貯金債権も遺産分割の対象に含まれると判断しました。これによってそれまでの取り扱いが変更され、遺産分割がなされるまでの間は、預貯金の払戻しは、共同相続人全員の同意を得たうえでなければ行うことができなくなってしまいました。
しかしそうなると、被相続人が負っていた債務を弁済する必要があるとか、被相続人から生活の面倒をみてもらっていた相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事情があっても、他の相続人全員の同意が得られない限り、被相続人の有していた預貯金を払い戻すことができないという不都合な事態が生じかねません。
そこで改正法は、共同相続人の様々な資金需要に対応することを可能とするため、各相続人が、遺産分割成立前であっても、一定の範囲で遺産に含まれる預貯金債権を行使することができるという制度を設けました。
ただし、この制度は、本来は遺産分割が整ってから、預貯金債権を取得した相続人によって行われるべき払戻しの請求を、遺産分割前に各相続人が単独で行うことを認めるものですから、権利行使が可能な範囲について限度額を定めています。
具体的には、次のとおりです。
各相続人は、相続開始時の預貯金の額の3分の1に、払戻しを求める相続人の法定相続分を乗じた額について、金融機関から単独で払戻しを受けることができます。
計算式で示すと次のようになります。
また、権利行使をすることができる預貯金債権の額は、口座ごとに判断されます。
相続人が長男と二男の2人で、A銀行の普通預金に300万円、A銀行の定期預金に600万円あった場合、長男が単独で権利行使することができるのは、普通預金については300万円×1/3×1/2=50万円、定期預金については600万円×1/3×1/2=100万円となります(ただし、定期預金の場合は、満期が到来していることが前提です)。この場合、普通預金だけから150万円の払戻しを受けることはできません。
さらに、上記の割合による上限だけでなくもう一つ制約があり、同一の金融機関(同一の金融機関の複数の支店に預金がある場合は、そのすべての支店)から払戻しを受けることができる金額についても、150万円までと上限が定められています。
ですから、A銀行の普通預金に600万円、定期預金に1200万円あり、B銀行の普通預金に720万円あった場合は、長男が払戻しを受けることのできる金額は、上記の計算式により、A銀行に関しては、普通預金につき600万円×1/3×1/2=100万円、定期預金につき1200万円×1/3×1/2=200万円となるところですが、A銀行から払戻しを受けることができるのは150万円にとどまります。B銀行からは、これとは別に、720万円×1/3×1/2=120万円の払戻しを受けることができます。
なお、A銀行から150万円の払戻しを受けるにあたり、どの口座からいくら払戻しを受けるかは、上記計算式の範囲内で、請求した相続人(長男)の判断に委ねられています。普通預金から100万円、定期預金から50万円でもよいですし、定期預金だけから150万円の払戻しを受けてもよいです。
なお、以上の遺産分割前の預貯金の払戻しは、家庭裁判所の判断を経ることなく相続人が単独で行うことができるものですが、この制度の上限を超えた資金需要に対応することが必要な場合もあります。そこで、改正法は、家庭裁判所の審判を得てこれに対応する制度も設けています(仮分割の仮処分)。
家庭裁判所は、次の場合は、相続人の申立てによって、遺産に属する預貯金債権の全部または一部を申立人に仮に取得させることができることとされました。
① 家庭裁判所に遺産分割の審判や調停が申し立てられており、
② 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支払その他の事情のため、預貯金を使用する必要があるときで、
③ 他の共同相続人の利益を害しない場合
なお、実際に金融機関から払戻しを受けるためには、①被相続人の除籍謄本、②相続人全員の戸籍謄本、③払戻しを受ける相続人の印鑑証明書や④家庭裁判所の審判書(仮分割の仮処分の場合)などの書類が必要になりますが、金融機関によっても必要書類が異なりますので、各金融機関に必要書類を問い合わせたうえで手続を行うようにしてください。
これらの制度によって払い戻された預貯金については、後日の遺産分割において、払戻しを受けた相続人が取得するものとして調整が図られることになります。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。