

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
限定承認という選択(1)
被相続人が借金を残して死亡した場合、自分が借入をしたわけでもない相続人に被相続人の債務を無条件に背負わせるのは妥当ではありません。
そこで相続人には、プラスの財産、マイナスの債務などを考慮して、①相続する自由(単純承認)、②相続をしない自由(相続放棄)のほかに、③相続で得たプラスの財産の限度で被相続人の債務を弁済するという条件付きの相続(限定承認)をする自由の3つが認められています。
若干の債務は残っているがプラスの財産は優にそれを上回るという場合にはふつうに相続し(単純承認)、プラスの財産が少なく、それ以上に債務がある恐れがある場合は相続放棄が検討されることがほとんどで、限定承認が選択されることはかなり少ないのが実情です。
少し古い令和2年度の司法統計ですが、これによると、相続放棄の申立件数が23万件を超えるのに対し、限定承認の申立件数は650件余りにすぎません。
ですが、たまたま昨年、立て続けに3件の限定承認関係のご相談があったので、今回は限定承認についてご説明したいと思います。
限定承認というのは、相続によって受け継いだプラスの財産の範囲を限度として被相続人の債務等を支払うといういわば条件付きの相続です。
単純にいえば、相続した結果、プラスの財産は1,000万円しかなかったが債務は2,000万円あったという場合、限定承認をした相続人はそのプラスの財産の範囲(1,000万円)で相続債務を弁済すればよく、それ以上に自分の固有の財産から相続債務を弁済する責任は負わないというイメージです。
相続放棄が相続を全面的に拒否してプラスの財産もマイナスの財産(負債等)もすべて受け継がずに相続関係から離脱するのに対して、限定承認は、相続はするのだけれど、相続債務の支払はプラスの財産の限度でしか行わないということです。
このようにいうと、限定承認は、相続するかどうか判断に迷うようなとき、相続人にとって有利なように思えますが、実際にはなかなか利用されていないのには、当然、理由があります。
まず、限定承認は、共同相続人全員で行わなければならないという条件があることです。相続放棄なら他の相続人の意向とは無関係に単独でもできるのと大きく違うところで、これが限定承認申立てのハードルとなります。
相続人全員での申請が必要ということは、戸籍等を取得して正確に相続人を把握しなければなりません。そのうえ、すでに単純承認をしている相続人がいると限定承認はできませんので、なるべく早くすべての相続人と意見調整する必要があります。
なお、相続放棄をすればその人は初めから相続人ではなかったとみなされるので、相続する気はないが限定承認には反対だという相続人がいる場合には、その人には相続放棄をしてもらって、残った相続人だけで限定承認をすることも可能です。
つぎに、限定承認には手間も時間もかかり、おそらく、これが、限定承認が利用されないもっとも大きな理由ではないかと思います。
限定承認の申請前の相続人全員との意見調整だけでも大きな手間ですが、限定承認の申請が裁判所に受理されたあとも、法律に従って相続財産の清算手続を行わなければなりません。この清算手続については後でご説明します。
さらに、税金の問題もあります。
限定承認をすると、税制上、被相続人から相続人に対して時価で財産を売却したとみなされます。その結果、被相続人が2,000万円で購入していた土地が相続時には時価3,000万円に値上がりしていた場合、この含み益1,000万円に譲渡所得税がかかります。
限定承認では財産を上回る債務の弁済は免除されますので、所得税を含めた相続債務の額が相続資産の額よりも多い場合でも相続財産の範囲内で納税の責任を負うだけですが、単純承認する場合よりも税金負担が大きくなることがあるので注意が必要です。
このように、限定承認には手間がかかり、注意すべき点もあるのですが、次のような場合には有用な選択となります。
① 遺産は相続したいが、被相続人が会社を経営していて保証人となっている可能性があるとか、あるいは後から多額の債務が判明するおそれがあるなど、被相続人の遺産の内容がよく分からない場合
② 自宅など、遺産の中にぜひ取得したい財産がある場合
これはどういうことかというと、限定承認をした場合、相続人には相続財産を優先的に購入できる「先買権」というものが認められています。先買権というのは、家庭裁判所が選任した鑑定人が財産の価格を評価し、相続人はその評価額を支払うことによって財産を優先的に取得できる権利のことです。
この先買権を利用して、資金は用意する必要がありますが、相続財産を確保することが可能となります。
③ 被相続人には債務があるが、自分が相続放棄をすることで次順位の相続人に迷惑をかけたくないケース
限定承認は条件付きで相続するので、相続放棄をすると次の順位の相続人に相続資格が移るのと違って、次順位の相続人が相続人となることはないのです。
こうした場合には限定承認という選択も十分に検討に値するのですが、限定承認をした後にも面倒な手続きが待っています。これについては、またご説明いたします。
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大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。